
現在、世界の公開オークションにおいて、単なる希少性という枠を超え「人類の歴史的遺産」として数千万〜1億円近い天文学的な価格で落札されるモーターサイクルが存在します。
中でもBMW Motorradの【戦前・戦中モデル】は、第一次世界大戦後の航空機エンジン製造禁止という逆境から生まれ、ナチス・ドイツ政権下の国家的プロパガンダを背負いながら、究極のオーバーテクノロジーを獲得していきました。
本稿では、国内の中古市場には決して出回ることのない「神々の領域」とも言える戦前プレミアムモデルTOP5の歴史と、サザビーズなどの国際的オークションで叩き出された驚愕の落札額を一挙にご紹介します。
| 戦前・戦中期 BMWプレミアムバイク オークション落札トップ5 | ||||
|---|---|---|---|---|
| 順位 / 車種 | 年式 | オークション相場・落札額 | エポックメイキング(歴史的意義) | メカニズムハイライト |
| 第1位 RS255 Kompressor |
1939年 | 約7,200万円($480,000) ※2013年 ボナムズ落札 |
BMW二輪史上最高額。 非イギリス車初のマン島シニアTT優勝 |
500ccベースのスーパーチャージャー(過給機)搭載OHV。 当時驚異の60馬力超 |
| 第2位 R37 |
1925年 | 約3,300万円($220,000) ※2019年 メカム落札 |
BMW初となる「OHV」レーシングの始祖。 ドイツ国内レースを席巻 |
初代R32の出力を2倍に引き上げたOHVアルミシリンダーヘッド。 生産台数わずか152台 |
| 第3位 R32 |
1923年 | 約2,500万円($165,000〜) | 記念すべきBMWモーターサイクル第1号機。 全ての原点 |
冷却効率を最適化したボクサーエンジン横置き+シャフトドライブの不変レイアウト確立 |
| 第4位 R75 サイドカー |
1941年 | 約600〜1,500万円 ($40,000〜$100,000) |
究極の悪路走破性を持つゼロから設計された純・軍用サイドカー | デフロック、後進ギア、側車輪も駆動するパートタイム2WD等のオーバーテクノロジー |
| 第5位 R51 |
1938年 | 約400〜800万円 | 戦前BMWの中で最も美しいと讃えられる高性能スポーツモデル | テレスコピックフォークとプランジャーサスの採用。RS255のベースともなった名機 |
BMWの旧車(ビンテージ・モーターサイクル)として、世界のオークションで史上最高額のレコードホルダーとなっているのが1939年製の「RS255 Kompressor」です。1930年代後半のモータースポーツは単なる競技ではなく、国家の技術的優位性を世界に示すための「代理戦争」でした。ナチス・ドイツ政権下で莫大な資金援助を受けたBMWは、イギリス(ノートン等)やイタリア(ジレラ)を打倒すべく、この究極のワークスマシンを開発しました。
最大の特徴は、名機「R51」のエンジンをベースに「ツォラー(Zoller)製スーパーチャージャー(過給機)」を搭載した点です。後付けではなく、過給前提で再設計されたType 255エンジンは、当時としては狂気の沙汰とも言える最高出力60馬力(7,000rpm)を発生。さらにマグネシウム合金を多用し、車重をわずか138kgに抑えるという航空機メーカー顔負けのテクノロジーが注ぎ込まれました。
その結果、1939年のマン島TTレースにおいて、ゲオルグ・マイヤーのライディングにより「非イギリス車として初めて最高峰シニアTTクラスで優勝」という歴史的偉業を達成します。2013年のボナムズ・オークションで約7,200万円(,000)で落札された個体は、実は当時のオリジナル・ワークスエンジンとフレームを用いて伝説のレストアラー(ウォルター・ゼラー)が精巧に組み上げた「リコンストラクション(再構築)車」でした。それでもこの天文学的価格がつくことこそが、RS255が絶対的な「神話」であることを証明しています。

「絶対的な第1号機であるR32よりも、R37の方がオークションで高く落札される」。この逆転現象の理由を知るには、BMWにおける「モータースポーツの血脈」を理解する必要があります。R32の誕生からわずか2年後、若き天才エンジニアであるルドルフ・シュライヒャーは、R32のサイドバルブエンジン(8.5馬力)ではレースに勝てないと考え、密かに「OHV(オーバーヘッドバルブ)」のアルミシリンダーヘッドを開発していました。
新開発のM2B36エンジンは、排気量こそR32と同じ494ccでありながら、最高出力を約2倍となる16馬力へと跳ね上げました。シュライヒャー自身がこのプロトタイプを駆ってアイフェル・レース(Eifelrennen)で優勝し、その高性能を実証したことで「R37」として市販化が決定。R37は瞬く間にドイツ国内のレースを席巻しました。
R32がBMWの始祖であるなら、R37は現代の「M」シリーズへと通じる「BMWスポーツの始祖(Patient Zero)」です。しかし、製造コストが異常に高かったため、生産されたのはわずか152台のみ。現存するオリジナル状態の旧車は世界に数台と言われており、2019年のメカム・オークションではR32の相場を大きく上回る約3,300万円(,000)で落札されました。

常に数千万円の値がつく「R32」は、言わずと知れたBMWモーターサイクルの記念すべき第1号機です。第一次世界大戦の敗戦により航空機エンジンの製造を禁じられたBMWは、生き残りをかけて他社向けのエンジン供給を行い、その後「ヘリオス」というオートバイを製造しましたが、車体設計の拙さとエンジンの冷却不足から失敗に終わりました。そこで、航空機エンジンの主任設計者であったマックス・フリッツが、真っ白な図面から引き直したのがR32です。
フリッツは、前走車(ヘリオス)の欠点だった冷却不足を補うため、ボクサーエンジンを「進行方向に対して直角(横置き)」に配置し、シリンダーに直接走行風を当てる設計を採用。さらに、当時の汚れやすく切れやすいチェーン駆動を嫌い、航空機的な発想で「シャフトドライブ」を用いて後輪へ動力を伝達しました。
驚くべきは、この「横置きボクサー×シャフトドライブ」というレイアウトが、100年以上が経過した現代の最新モデル「R1300GS」に至るまで全く変わっていないことです。1923年の第1号機にして既にパッケージングが「完成」していたという事実は二輪史における奇跡であり、R32のオーナーになることは、BMWの歴史の1ページ目を所有することと同義なのです。

数多くのミリタリー系・旧車が存在する中で、なぜBMWの「R75」だけが600万円〜1,500万円という突出した高額相場を誇るのでしょうか。当時、ドイツ国防軍はサイドカーを重用していましたが、既存のR12のような「民間車の軍用転用」では、北アフリカの砂漠や東部戦線の泥濘(でいねい)を走破することは不可能でした。そこで軍の要請により、「ゼロから設計された純粋な戦術用超高性能機」として誕生したのがR75です。
R75はもはやオートバイというより「3輪の小型トラクター」でした。後輪だけでなく側車(サイドカー)の車輪も駆動するパートタイム2WD仕様であり、スタック脱出用のデフロック機構を備え、なんと前進4段+後進(バック)1段、さらにオフロード用の副変速機(ローギア)まで搭載。新設計の745cc OHVエンジンは、歩兵の行軍速度(時速4km)でノロノロと走り続けてもオーバーヒートしないよう専用設計されていました。
戦後、ソ連(現在のウラル等)が鹵獲したドイツ軍用車をデッドコピーしましたが、彼らが模倣できたのは構造が単純な旧型のR71までであり、R75の複雑怪奇なオーバーテクノロジーは他国には到底コピー不可能なものでした。最も過酷な最前線へ投入されたため、1万6千台以上が生産されたにも関わらず現存するオリジナル車両は極めて少なく、軍用車コレクターの最高峰として君臨し続けています。

1930年代後半、エンジンの出力向上に対して車体(シャシー)の技術は大きく遅れをとっていました。多くのオートバイがリアサスペンションを持たないリジッドフレームに、旧式な板バネ式フロントフォークを組み合わせていた時代。そんな中で誕生した「R51」は、当時の常識を覆す革命的な足回りを持っていました。
R51の最大の特徴は、量産車として世界初クラスとなる「油圧ダンパー内蔵のテレスコピック式フロントフォーク」と、リアの「プランジャー・サスペンション」を備えていた点です。これにより、荒れた路面でもタイヤが跳ねず、次元の違う路面追従性とコーナリング性能を獲得しました。さらに、2つのカムシャフトを持つ精緻な500cc OHVエンジンは極めてタフであり、「戦前の旧車の中で最も走らせて楽しい」と評されています。
第1位で紹介した最高額落札の化け物「RS255 Kompressor」が、実はこのR51をベースに開発されたという事実からも、R51の基本設計がいかに突出していたかが分かります。アールデコ調の流麗なデザインと相まって、数ある戦前モデルの中で最も高い芸術性と実用性を兼ね備えた名機として、400万円〜800万円という安定したプレミアム相場を形成しています。

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