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パイクスピーク・ヒルクライム二輪レースの歴史|時代を制したバイク達の買取査定相場

パイクスピーク・ヒルクライムの各時代(トラッカー・アドベンチャー・ハイパーネイキッド)を代表する名機たちの競演

アメリカ・コロラド州。富士山よりも高い標高4,300mの頂上を目指して、一気に山を駆け上がる狂気のモータースポーツがある。
それが「パイクスピーク・インターナショナル・ヒルクライム(PPIHC)」、通称「雲へ向かうレース(Race to the Clouds)」である。1916年に初開催されて以来、アメリカでインディ500に次いで2番目に古い歴史を持つこのレースは、スタート地点(標高約2,800m)からゴール(標高4,300m)までの全長約20km、156ものコーナーをたった1台で駆け抜けるタイムトライアルだ。

ガードレールは一切なく、一歩コースを踏み外せば谷底へ転落する断崖絶壁。さらに、頂上付近では酸素が平地の約30%も減少するため、ライダーの肉体を限界まで削り、エンジンのパワーを容赦なく奪い去っていく。
なお、パイクスピークの二輪部門には250ccから電動バイクまで数多くのクラス分類が存在したが、本記事では読者の関心が最も高い「大排気量ハイエンドクラス(オープン、1205cc、ヘビーウェイト等)」に焦点を当てている。
この過酷すぎる環境の中でバイクがいかに進化し、そしてなぜ「二輪部門が終焉」を迎えることになったのか。路面状況の変化が生み出した「4つの時代区分」を通して、パイクスピークの歴史と注目のクラス、そしてメーカーの威信を懸けた覇権争いのパラダイムシフトを紐解いていく。

※尚、パイクスピーク・ヒルクライムで活躍したマシンの買取査定相場については、本文末尾で最新情報をご紹介している。

【全体サマリー】パイクスピーク・ヒルクライム二輪部門の歴史と変遷
時代区分 路面状況 / 注目のクラス 覇権を競ったメーカー
(参戦体制)
メカニズムハイライトと特徴
【第1期】
1916年〜1980年代
ダート黎明期〜中断期
(オープン等)
インディアン
ハーレーダビッドソン
BSA
初期のアメリカンVツインから英車ツインへと覇権が推移。しかし安全上の理由から数十年にわたり二輪部門の休止を度々挟む。
【第2期】
1990年代
完全ダート最盛期
(オープン/250-500cc)
ホンダ
ヤマハ
(プライベーター主体)
CR500やXR600Rなど、凶暴な「2ストローク/ビッグシングル」のモトクロッサー&トラッカーが、土煙を上げながらリアを滑らせて制圧したスライドコントロールの時代。
【第3期】
2000年代〜2011年
ミックス・サーフェス時代
(1205ccクラス)
ドゥカティ
KTM
BMW
(セミワークス〜)
ラリー界の規制で締め出された大排気量Vツイン等が参戦。ダートとアスファルト両方に対応するサスペンションを備えた「大型アドベンチャー(万能機)」が覚醒した。
【第4期】
2012年〜2019年
完全アスファルト時代
(ヘビーウェイト/Ex)
ドゥカティ
KTM
アプリリア
(ファクトリー体制)
100%舗装化により超高速化。純レーサー(SS)のセパハンではなく、156のコーナーを切り返すための「バーハンドル+200馬力」を備えたハイパーネイキッドの最終戦争。

【第1期】黎明期と安全上のジレンマ(1916年〜1980年代)

初期のダート路面を駆け上がるビンテージVツインレーサー

パイクスピークの二輪部門は、四輪と同じく1916年の初開催時から存在した。初期のダート(未舗装路)コースを制したのは、インディアンやハーレーダビッドソンといったアメリカンVツインを駆るライダーたちであった。その後、BSAやトライアンフといったイギリス製の並列ツインモデルも参戦し、タイムを競い合った。

しかし、ガードレールが一切ない断崖絶壁のダートコースにおいて、生身のライダーが二輪車で挑む危険性は極めて高かった。そのため、1950年代後半から1970年にかけて二輪部門は長期にわたり開催が中止され、その後も1980年代に数年間復活したのち再び中止されるなど、運営側は常に「スピードの魅力と安全上のジレンマ」に悩まされ続けることとなる。

【第2期】ダート最盛期と「ビッグシングル/2ストローク」の覇権(1990年代)

未舗装路のパイクスピークを駆け上がるビンテージ・ダートトラッカー

1991年、二輪部門が本格的に復活を果たす。コースの大部分は未だダートであり、レギュレーションは「オープンクラス」や「プロクラス(250cc/500cc)」などに分かれていた。
この時代、メーカーの直接的なワークス参戦は少なく、主役はアメリカのローカル・プライベーターたちであった。彼らはホンダの「XR600R(ビッグシングル)」や、凶暴極まりない「CR500(2ストローク・モトクロッサー)」、ダートトラック専用の「ウッドロータックス」などを駆り、パイクスピークに挑んだ。

ロードレースのような緻密なライン取りや空力性能は一切不要。意図的にリアタイヤを滑らせ(ドリフトさせ)ながら土煙を上げてコーナーをねじ伏せる「極限のスライドコントロール」がすべてであった。
また、標高4,000m付近の「薄い酸素」はエンジンの燃焼効率を著しく下げる。軽量で爆発的なパワーを持つ2ストロークエンジンのピーキーさを、キャブレターのセッティングでいかに高所の標高に合わせるかが、プライベート・メカニックたちの腕の見せ所でもあった。

【第3期】砂漠を追われた怪物たち「アドベンチャー戦争」(2000年代〜2011年)

舗装路とダートの混在路面を攻めるアドベンチャーバイク(ムルティストラーダ等)

2000年代に入ると、環境保全を目的としてコースの舗装化が段階的に進められた。下から中間にかけては「アスファルト」、頂上付近は「ダート」という、他に類を見ないミックス・サーフェス(混在路面)の時代が到来する。またこの頃、排気量無制限に近い「1205ccクラス」が新設された。

時を同じくして、ヨーロッパのラリー界最高峰「ダカール・ラリー(パリダカ)」では、90年代後半からBMW(F650RR)やKTM(690 Rally)のビッグシングルが台頭し、2002年にはKTM 950ラリー(Vツイン)が優勝するものの、「ツインエンジンは速すぎて危険」という理由からラリー界では大排気量ツインが徐々に締め出されていく。

その結果、各メーカーが市販車市場で注力し始めていた「1000cc超のビッグアドベンチャー(KTM 990 Adventure、BMW R1200GS、Ducati ムルティストラーダ1200)」の限界性能を証明できる国際レースが消滅しつつあった。行き場を失ったこれら巨大な怪物たちが、新たな実験場として狙いを定めたのが、奇しくもミックス路面となっていたパイクスピークの「1205ccクラス」であった。

当初はディーラー系チームなどのセミワークス参戦だったが、アスファルトでのロードバイク顔負けのトップスピードと、ダートを走破するサスペンションを併せ持つ「万能機」のマーケティング効果にメーカーが気づき始める。中でもドゥカティが投入した「ムルティストラーダ1200」は圧倒的な無双状態に入り、後に市販車でも「パイクスピーク・エディション」という特別仕様車がリリースされるほど、メーカーの威信を懸けたレースとなったのである。

【第4期】全面舗装化とハイエンド・ストリートファイターの誕生(2012年〜2019年)

全面舗装されたパイクスピークで極限のリーン角を見せるハイパーネイキッド

2012年、156個のコーナーを含む全長20kmのコースがついに「100%完全舗装」された。路面から土が消え、純粋なオンロードタイヤを履いたロードモデルが最速となる「巨大な高山の峠道」へと変貌を遂げた。

ヘビーウェイトクラスやエキシビションクラスにおいて、本来であればサーキット専用のSS(スーパースポーツ)が有利に思えるが、現実は違った。SSに採用される前傾姿勢の低いセパレートハンドルでは、156個ものタイトなブラインドコーナーを右へ左へと強引に切り返していくテコの原理が使いづらかったのだ。
そこで各メーカーが最適解として投入したのが、200馬力級のスーパースポーツ用エンジンを搭載しながら、アップライトなバーハンドルを備えた「ハイパーネイキッド(ストリートファイター)」である。この頃にはメーカー直系のワークス体制(ファクトリーサポート)が敷かれ、市販前のプロトタイプすら実戦投入されるようになっていた。

この時代の面白いところは、山の頂で激突したマシンたちの「血統(ルーツ)」の違いである。
KTMが投入した「1290 Super Duke R」は、単気筒のモタードやアドベンチャーをルーツに持ちながらロード向けに進化した、生粋のネイキッドストリートファイターである。対して、ドゥカティが絶対王座を防衛するために投入した「ストリートファイターV4 プロトタイプ」や、アプリリアの「トゥオーノV4」は、最強の純レーサー(SS)からカウルを剥ぎ取り、バーハンドルを強引に付けた「SSの突然変異」である。
出自の異なるこれらの怪物たちが、「200馬力+バーハンドル」という同じ最適解に辿り着き、山の頂で極限のタイムアタックを繰り広げた事実は、現在のハイエンドSSネイキッド市場の潮流を決定づけた歴史的契機と言える。

【終焉】極限の代償と、二輪部門の永続的休止

100年以上にわたりライダーたちを魅了してきた雲へ向かうレースは、皮肉にも「バイクの性能が進化しすぎた」ことによって終焉を迎える。

2019年、ドゥカティのファクトリー支援を受けた絶対王者カーリン・ダンが、開発中の「ストリートファイターV4 プロトタイプ」で出走。レコードを大幅に更新する驚異的なタイムで駆け上がっていたが、ゴールラインのわずか数十メートル手前の最終コーナーでバランスを崩し、帰らぬ人となってしまった。

完全に舗装された路面、200馬力を超えるエンジン、電子制御燃料噴射(EFI)による高度補正、そして極限まで高められたコーナリングスピード。バイクが速くなりすぎた結果、ガードレールのない絶壁という「環境の危険度」と「マシンの限界速度」のバランスが完全に崩壊してしまったのである。
この悲劇的な事故を受け、PPIHC運営委員会は「二輪車による競技が安全の限界を超えた」と判断。2021年をもって二輪部門の無期限開催休止(実質的な廃止)を正式に決定した。

パイクスピークにおけるオートバイの歴史は幕を閉じたが、狂気の山に挑むために進化し続けた「アドベンチャー」や「ストリートファイター」というジャンルは、現在も世界中のストリートで最強の系譜として愛され続けている。

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