RM60【1979~82年 / 2003年】毎週更新の買取査定相場
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RM60【1979~82年 / 2003年】 の買取査定相場
最も高く売れるカラーリングは黄となっています。
因みに事故車や不動車の買取査定相場は1.5万円が平均です。
RM60【1979~82年 / 2003年】 買取査定に役立つ車両解説
RM60は、スズキが子供向けモトクロッサーとして北米・欧州市場を中心に販売した60cc級の競技車両で、モデルライフは1979年から1982年までの4年間(オリジナル期)と、2003年の単年復活生産期に大きく分かれる特殊な履歴を持つ。スズキのモトクロス系譜は1971年から1975年までのTMシリーズを起源とし、1976年からRMシリーズ(Racing Model)へ改称されて以降、RM125、RM250、RM370、RM400といった中排気量から大排気量までのラインナップが段階的に整備された。RM60はこの流れのなかで最も小さいクラスとして、キッズモトクロス層へのエントリーモデルとして投入された。
1979年に登場した初代RM60は、初年式VIN例(RM60-101387)が示す通り、Made in Japanの本格モトクロッサーとして販売され、子供向けとしては真剣な競技性能を備えた「小さな戦闘機」として位置づけられた。50ccクラスから60ccクラスへとステップアップするヤングライダー層に向けて設計され、大人サイズのRMシリーズと共通する意匠を身にまとった精悍なスタイリングが特徴である。1982年で一度生産を終えたのち、RM65(2003年~)への世代交代の直前にあたる2003年、スズキは60ccクラス市場再参入のためRM60名義を復活させ、水冷化されたAETC付き新設計エンジンを搭載した近代版をリリースした。この2003年式は事実上1年限りの生産にとどまり、翌年から後継のRM65へと即座に世代交代した。
日本国内ではオリジナル期、復活期ともにスズキ日本正規販売網には設定されておらず、位置づけとしては海外仕様一本のモデルである。日本市場に流通する個体は北米向け仕様の逆輸入・並行輸入経路経由が中心で、絶対数は極めて少ない。
初代RM60(1979~1982年)と復活期RM60(2003年)は、モデル名と60ccクラスという枠組みを共有しつつ、内容としては20年の技術進化を挟んで大きく異なる二つの車両として理解する必要がある。
エンジン系 — オリジナル期のRM60は、当時のスズキ小排気量モトクロッサーとして典型的な60cc空冷2ストローク単気筒ピストンリードバルブ吸気を採用した。ボア43.2×ストローク43.2mmという完全スクエア設計で、圧縮比8.4:1、Mikuni VM24SSキャブレターを組み合わせて仕上げられている。潤滑は競技モトクロッサーとしての慣例通り20:1前後のプリミックス(混合給油)方式で、始動はキックスターターのみ。点火は初期がポイント式、後年式でCDIへ移行している。プラグはNGK B8HS('79)、B9EG('03)が指定される。
これに対し2003年式は、水冷(液冷)化された全面新設計エンジンへと大きく進化した。ボア43.0×ストローク41.6mm、圧縮比8.4:1と、オリジナル期のスクエア設計から僅かにショートストローク寄りへ振り替えられ、Mikuni VM24SSキャブレターを継承しつつも、AETC(Automatic Exhaust Timing Control)と呼ばれる可変排気タイミング機構を搭載する。AETCは排気ポートのタイミングをエンジン回転数に応じて変化させ、低中速域と高回転域の双方でトルクの立ち上がりを最適化する機構で、当時のスズキRM/RM-Zシリーズの水冷モトクロッサーが共通で採用していた技術である。点火はデジタルCDI、変速機は両期とも6速定歯車マニュアルで、最終減速はチェーンドライブ(2003年式は#428、13T×44T、104リンク)となる。
車体系 — オリジナル期のRM60は、鋼管シングルクレードルフレームに、フロントは正立テレスコピック(リーディングアクスル)、リアはリンク式リアサスペンション(フルアジャスタブル)を組み合わせる、1970年代末~1980年代初頭のスズキRMシリーズに共通する骨格を持つ。ホイールは前14インチ・後12インチのスポークホイールで、標準タイヤは前60/100-14 30M、後80/100-12 41Mのオフロードブロックタイヤ。ブレーキは前後ともに機械式ドラムを採用しており、車体重量と競技性能の観点からディスクブレーキ化の必要性は当時判断されなかった。
2003年式も基本的な車体構成の骨格は継承されたが、リアサスペンションのリンク機構はより現代的な設計にリファインされ、フロント・リアともに200mmのホイールトラベルを確保する。ブレーキは引き続き前後ドラムを採用し、フロント60/100-14、リア80/100-12というタイヤサイズもオリジナル期を踏襲した。復活期の外装はイエロー基調プラスチックカウリング(Champion Yellow No.2、YU1カラー)に統一され、シート、フロント・リアフェンダー、サイドカバー、リアマフラーガードといった部品はRM65の設計を先取りしたモダンなラインで仕上げられている。マフラーはハイマウントの右サイド出しで、シングルシートと組み合わさって競技車両らしいシャープなフォルムを形成する。
寸法・重量 — 2003年式RM60の主要諸元は、全長1,560mm、全幅705mm、全高915mm、ホイールベース1,080mm、最低地上高250mm、シート高710mm、乾燥重量50.5kg、燃料タンク容量3.5L。1979~1982年式のオリジナル期は、これより一回り小柄でシートも低かったとされるが、詳細な公表諸元はサービスマニュアル参照が基本となる。両期に共通するのは、シート高700mm前後・乾燥重量50kg前後という「子供が実際に乗って競技できる」寸法バランスであり、体格の小さいライダーが操縦し切れる範囲での本格モトクロッサーとしての設計思想が貫かれている点である。
同時期のキッズモトクロッサー市場では、ホンダ CR60(1983~1984年)、CR80R/CR85R、カワサキ KX60(1983~2003年)、KX65(2000年~)、ヤマハ YZ60(1981~1983年)、YZ80/YZ85、YZ65(2018年~)が競合として並び、キッズモトクロスAMAナショナル選手権をはじめとする各種競技シリーズで激しい競争を繰り広げた。オリジナル期のRM60は、1979年~1982年の限定期間内でこれらライバルと直接ぶつかったが、生産期間が短かったこともあり、選手権レベルでの存在感はKX60やCR60より控えめであった。復活期2003年式は、KX60(同2003年式が最終)、CR80/CR85といったライバルに対して「20年ぶりのスズキ60ccクラス再参入」というアピールで登場したが、翌年から始まるRM65への移行を控えて事実上のブリッジモデルとなった。
社内兄弟車では、上位にRM80(1978~1986年式・空冷)、RM85(2002年~・水冷)が並び、下位には50ccクラスのRM50が位置していた。RM60はこれら上下クラスの間隙を埋める中間モデルとして、キッズライダーの成長段階に応じたステップアップ経路を提供する役割を担った。復活期の2003年式は、翌2004年からのRM65(65cc・水冷・AETC搭載)への直接的な準備モデルとしての性格を持ち、AETC技術や水冷エンジンの導入によってRM65への技術移行を先取りする位置づけになっている。RMシリーズ全体ではRM125(1975~2007年)、RM250(1976~2007年)、RM370(1976年)、RM400(1978~1980年)、RM465(1981~1982年)、RM500(1983~1984年)といった中大排気量2ストロークモトクロッサーが並ぶ大所帯のなかで、RM60は一貫して最小クラスとして系譜を支えた。エンデューロ系ではPEシリーズ(Pure Enduro、1977~1984年)がRMシリーズと技術基盤を共有していた。
モデルの変遷
1979年(Nコード) — 初年式として登場したRM60は、当時のスズキRMシリーズが1979年でN型に世代更新された流れの一部として投入された。実車のVIN例(RM60-101387)から確認できる通り、通常のRMシリーズと同じフレーム番号体系で管理されており、子供向けとはいえ生産番号ベースは大人向けRMと共通の設計文脈で扱われている。カラーはスズキ伝統のイエロー基調に黒・レッドのアクセントで、大人向けRMのミニチュア版のような精悍な外観を纏っている。エンジンは60cc空冷2ストロークピストンリードバルブ、6速マニュアルトランスミッション、前後ドラムブレーキ、正立テレスコピックフォークとリンク式リアサスという構成でスタートした。
1980年(Tコード) — 大人向けRMシリーズがT型(RM T)に切り替わるタイミングに合わせ、RM60も細部の熟成が施された。エンジン、車体骨格ともに大きな変更はなく、カラーグラフィックとサイドカバーのデカール意匠が更新された程度で、内容は初年式のキャリーオーバー継続にとどまる。プラグ指定はNGK B8HSを継続。
1981年~1982年 — スズキRMシリーズ全体が水冷化・リンク式サスペンション化・フルフローターリアサス採用など大幅な技術更新を進めるなか、RM60は最終年式まで空冷ピストンリードバルブの基本設計を維持したまま販売継続された。この期間はカラーとグラフィックの周期的な更新が中心となり、1982年をもって初代RM60は生産を終了した。以降、スズキの60ccクラスモトクロッサーは20年間にわたる空白期間を経ることになる。
1983年~2002年(空白期間) — この20年間、スズキはRM60を再生産しなかった。北米・欧州のキッズモトクロス市場ではカワサキKX60、ホンダCR60/CR80、ヤマハYZ60/YZ80/YZ85といったライバルが継続的にラインナップを更新しつつ市場を担い、スズキはRM80(1978~1986年式・空冷)、RM85(2002年~・水冷)といった80cc級を通じてキッズ層にアプローチする形で、60ccクラスは長期にわたって空席とした。
2003年(K3コード) — スズキRMシリーズが2003年モデルイヤーでK3コードを付与された年、RM60が20年ぶりに復活した。復活期のRM60は、Champion Yellow No.2(YU1)カラーで統一され、水冷2ストローク単気筒60ccエンジンにAETC(Automatic Exhaust Timing Control)を搭載した全面新設計とされ、フレーム、サスペンション、ホイール、ブレーキ、外装のすべてが2003年当時のスズキRM/RM-Zシリーズ設計言語に沿ってリファインされた。ただしこの復活は事実上1年限りの生産にとどまり、2004年からは後継のRM65(65cc・水冷・AETC搭載)へ即座にバトンが渡された。RM60名義としては2003年式が最終モデルとなる。
RM60は、スズキが1979年から1982年までの4年間、そして2003年の単年復活生産期という、通算5年間のみ販売した子供向け60ccモトクロッサーであり、生産期間の短さと2期に分かれた特殊な履歴から、スズキRMシリーズ全体のなかでも独特の位置を占めるモデルである。オリジナル期はスズキRMシリーズが1970年代後半に確立した「大人向けの本格モトクロッサーをスケールダウンしてキッズに提供する」という開発思想を具現化した先駆的な存在として、1979年当時としては競技性の高い60cc級モトクロッサーの一角を担った。
2003年式復活モデルは、20年ぶりのスズキ60ccクラス再参入というアピールと、AETC付き水冷2ストロークエンジンによる技術的進化を武器に登場した「近代化されたRM60」であるが、翌年からのRM65(65cc・水冷・AETC搭載)への直接的な準備モデルという性格が強く、実質的にRM60名義最後のブリッジモデルとなった。この2003年式は、翌2004年から2005年にかけての小排気量2ストロークモトクロッサーの北米市場撤退という時代の変わり目にあたるタイミングで登場したこともあり、キッズモトクロス史のなかでは象徴的な意味を持つ一台である。
日本市場から見た本モデルは、あくまで海外仕様の逆輸入車であり、公道走行を前提としない競技専用モトクロッサーという性格から、日本のバイク市場の主流とはまったく異なるニッチを占める。しかしそれゆえに、スズキの子供向けモトクロッサー開発史の変遷、1970年代末のRMシリーズ全盛期の設計思想、そして2000年代初頭のAETC付き水冷2ストローク技術という3つの技術的節目を凝縮した記録として、本モデルの存在意義は独特の重みを持つ。オリジナル期の1979年式は「小さな戦闘機」としての潔さで、2003年式は「20年ぶりの復活」としての記念性で、それぞれに異なる価値をもって、スズキRMシリーズ史のなかに刻まれた稀有な一台といえる。
| 車名/型式/年式 | スズキ RM60 / RB11A型 / 1979~1982年式・2003年式モデル |
|---|---|
| 発売年月 | 1979~1982年・2003年 |
| 車両サイズ(mm)・重量(kg) | (長さ)1560 (幅)705 (高さ)915 (重さ)50.5(乾燥重量/2003年式) |
| シート高・最低地上高(mm) | (シート高)710 (最低地上高)250 |
| エンジン機構・最高出力・燃費 | 水冷(AETC付き・2003年式)/空冷(1979~1982年式)2ストローク単気筒リードバルブ・出力公表なし・−− |
| エンジン始動・燃料供給装置・タンク容量 | キック・キャブ・3.5リットル |
| 新車販売価格 | 北米価格 1981年 849USD 約186,000円(実勢レート220円/USD) |
| ジャンル | オフロード コンペ競技用 |
【実働車|過去10年間の買取相場の推移】 RM60
業者間オークションの取引価格(買取業者の転売額=販売業者の仕入れ額)の推移
2026年10月時点から 10 年 間遡った数字
【平均買取相場の変動】
【2025年間 vs 2026年】
【2023年間 vs 2026年】
【2016年間 vs 2026年】
取引台数
過去10年間の取引台数÷10
※データ更新:2026年10月09日
【状態別の買取相場】 RM60
業者間オークションの取引価格(買取業者の転売額=販売業者の仕入れ価格)
2026年10月時点から 11 年 間遡った数字
【状態別買取額の目安】
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不動
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1.5万円
1.5万円
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※データ更新:2026年10月09日
【走行距離別の買取相場】 RM60
業者間オークションの取引価格(買取業者の転売額=販売業者の仕入れ価格)
2026年10月時点から 11 年 間遡った数字
【走行距離別買取額の目安】
| 0〜4999km | 最高 | 7.2万円 | 1台 |
| 平均 | 7.2万円 | ||
| 最低 | 7.2万円 | ||
※データ更新:2026年10月09日
【カラー別の買取相場】 RM60
- ■
業者間オークションの平均取引価格(買取業者の平均転売額=販売業者の平均仕入れ額)
2026年10月時点から 11 年 間遡った数字
【カラー別 平均買取額の目安】
| ■ | 7.2 万円 | 1台 | |||
※データ更新:2026年10月09日
【実働車の取引価格帯】 RM60
業者間オークションの取引価格帯(買取業者の転売額=販売業者の仕入れ価格帯)
2026年10月時点から 11 年 間遡った数字
【取引価格帯と構成比】
※データ更新:2026年10月09日
買取業者の最大の転売先である業者間オークション市場の(年間 約20万台の)取引データを忠実に反映し、業者の最低限の儲けと経費を差し引いた競争力の高い実際の買取額を表示 しています。
【グラフ領域の金額】は買取業者の転売額です。
転売額とは買取業者の最大の転売先である業者間オークション市場での落札金額に当たります。
業者間オークション市場とは買取業者と販売業者が参画する競り市場で、年間に約20万台のオートバイが取引されています。
実は買取業者が買取したバイクの約9割は上記市場において転売されています。
そのため、業者間市場での取引額(業者の転売額)から買取業者の儲けと経費(運送料や出品手数料など)を割引いた金額が査定現場での実際の買取額になります。
業者間での取引額から割引かれる金額は、単価の低い原付バイクで0.6万円から、100万円を超える高額車両では6万円までが適正かつ競争力の高い割引額と言えます。
率にすると概ね2%~10%の(高額車両ほど率が低い)割引率なので、業者間での取引額の90~98%が実際の買取額となると憶えておけば、査定額の妥当性や競争力を判断する材料になることでしょう。
RM60【1979~82年 / 2003年】 上位20台の取引額 (データ更新:2026年10月09日)
| 落札額 | 評価点 | 車台番号 | 走行距離 | カラー | ||
| 1 | RM60【1979~82年 / 2003年】 | 7.4万円 | 3.8点 | RB11A6C2 | 0km | ■ |
|---|
【評価点】8点以上:新車 7点:超極上車 6点:極上車 5点:良好車 4点:多少の使用感 3点:難有 2点:劣悪 1点:事故不動
(※3~4点の評価ながら、値段が跳ねているケースの多くは純正品の無いカスタム車です)
【走行距離】単位はkm
上記は買取業者の最大の転売先である業者間オークション市場の落札金額のデータ
業者間オークション市場では年間に約20万台の中古バイクが取引されています






