
マン島TT(Isle of Man TT)は、島内の一般公道を閉鎖して作られた全長約60km(正確には37.73マイル)の巨大なマウンテンコースを使用して開催される、年に一度の壮大な周回レースである。公道を時速300km以上で駆け抜け、1907年の初開催以来、メーカーたちが極限の技術を証明する「Roots of Race(モータースポーツの原点)」であり続けている。
本稿では、小冊子が書けるほど膨大なTTの歴史を、レギュレーションの変遷に基づいた「3つの時代区分」に分割。国産4メーカーやドゥカティ、BMWなど現行メーカーが、いかに常軌を逸した「狂気のメカニズム」でこの公道をねじ伏せてきたのか、その熱狂と技術進化の歴史を振り返る。
| 【全体サマリー】マン島TTレースの歴史的変遷 | |||||
|---|---|---|---|---|---|
| 時代区分 | 開催ステータス / レギュレーション | 代表クラス | 主なコース | 活躍メーカー | メカニズムハイライト |
| 【第1期】 1907年~1950年代 |
独立開催。 初期は燃費規制等あり。後に過給機競争へ |
Senior (500) Junior (350) Lightweight (250) |
セント・ジョーンズ ↓ マウンテンコース |
トライアンフ ノートン BMW |
黎明期の単気筒。のちに過給機とテレスコピックフォークによるパッケージングが登場 |
| 【第2期】 1950年代末~1976年 |
WGPの1戦。 ※46年に過給機禁止。NAでのパワー競争へ |
50, 125, 250, 350, 500cc | スネーフェル・マウンテンコース | MVアグスタ ホンダ スズキ ヤマハ ※ハーレーは米国路線の独自進化へ |
過給機に代わる多気筒・超高回転化(4st 6気筒など)と極小排気量の多段変速(2st 14段など)の狂気 |
| 【第3期】 1977年~現代 |
危険性からWGPを除外。 市販車ベースへ大転換 |
TT-F1 プロダクション スーパーバイク等 |
スネーフェル・マウンテンコース | ドゥカティ カワサキ ホンダ BMW |
「日曜に勝ち月曜に売る」。メカニズムはキャブレター(FI化)→4気筒1000cc化→IMU等の電子制御へとパラダイムシフト |
未舗装路が多くサスペンションすら満足になかった初期のTTは、排気量によって「Senior(500cc)」「Junior(350cc)」「Lightweight(250cc)」といったクラス分けがなされ、信頼性の高い「単気筒エンジン」が覇権を握っていた。1908年に単気筒クラスで初優勝したトライアンフの「3.5hp(499cc)」は、始動用のペダルを残しつつも軽量化された生粋の専用レーサーであった。のちに英国のAJSや、フェザーベッドフレームで無敵を誇ったノートン(ノートン・マンクス等)が一時代を築く。
しかし1930年代に入ると、マウンテンコースを制圧するための「過給機(スーパーチャージャー)」によるパワー競争が勃発する。当時の標準的な500cc単気筒が30~40馬力程度だった時代に、BMWは航空機技術を応用した過給機搭載の水平対向2気筒「Type 255 Kompressor」を投入。約60馬力という暴力的な出力に加え、当時としては極めて先進的な「油圧式テレスコピックフォーク」と「プランジャー式リアサスペンション」を備え、1939年のシニアTT(ゲオルグ・マイヤー騎乗)で他を圧倒して優勝した。
過酷な未舗装路をねじ伏せるためには、単なる馬力だけでなく、BMWがいち早く実用化したような「最先端の足回り」とのパッケージングが勝敗を分けたのである。日本のメーカーがまだ影も形もなかったこの時代、重厚な機械工学を誇るヨーロッパのメーカーたちが「圧倒的な王者」として君臨していた。
| 第1期:代表的な優勝マシンとメカニズム | |||
|---|---|---|---|
| 開催年 | 優勝マシン | メーカー | エンジン構成・ハイライト |
| 1908年 | 3.5hp Single | トライアンフ | ペダルを残しつつも軽量化された専用レーサー。ジャック・マーシャル騎乗 |
| 1939年 | Type 255 Kompressor | BMW | 500cc水平対向2気筒+過給機。テレスコピックフォーク装備で約60馬力を発揮 |
戦後、FIMがロードレース世界選手権(WGP)を創設すると、TTはその中で最も権威ある1戦に組み込まれた。しかし1946年、安全上の理由から「過給機の搭載が禁止」される。これにより、自然吸気(NA)で出力を稼ぐための「多気筒化・高回転化」への技術的パラダイムシフトが起こった。イタリアのMVアグスタは500ccクラスで4気筒や3気筒エンジン(約80馬力)を使い分け、この時代に君臨した。
この欧州勢の牙城に対し、1954年に本田宗一郎が「マン島TTレース出場宣言」を発表。現地を視察したホンダ陣営は、欧州車のエンジンの「回転数が自社の2倍以上」であることに計り知れない衝撃を受けた。日本国内の浅間高原レース等でDOHC多気筒エンジンの開発に血の滲むような努力を重ね、満を持して1959年にマン島へ初参戦を果たす。
わずか2年後の1961年、ホンダはマイク・ヘイルウッドらのライディングにより「RC162」等で初優勝&完全制覇。のちに投入した「RC166」は、250ccの排気量に直列6気筒・24バルブを詰め込み、18,000回転で60馬力以上を絞り出すという精密機械であった。スズキは1962年にエルンスト・デグナー設計の「RM62」で初優勝。のちの「RK67」では50cc水冷並列2気筒で17.5馬力(リッター換算350馬力!)を17,300回転で叩き出し、超極端なパワーバンドを維持するための「14段変速ギア」という信じがたいミッションを搭載した。
過給機を禁じられたメーカーたちが辿り着いた「究極の超高回転」という狂気。「高回転多気筒4st」と「極小排気量ハイパワー2st」という日本発のパラダイムシフトが、欧州の伝統を完全に打ち砕いたのである。
一方、アメリカのハーレーダビッドソンはこの多気筒・超高回転化のベクトルには乗らなかった。彼らは1915年の時点ですでに1,000ccの巨大なVツインエンジン搭載機を市販していたほどの重厚な巨大メーカーであり、70年代には「XR750」等でAMA(全米モーターサイクル協会)のロードレースを制覇している。小排気量・高回転で争われる日欧のTTには固執せず、アメリカ国内で大排気量を活かした独自のロードレース文化を強固に築き上げていたのである。
| 第2期:狂気のメカニズムと初優勝マシン | |||
|---|---|---|---|
| 開催年 | 初優勝/代表マシン | メーカー | エンジン構成・ハイライト |
| 1961年~ | RC162 / RC166 | ホンダ | 【4st並列4気筒/6気筒】18,000回転超えの精密機械。ホンダ初制覇 |
| 1962年~ | RM62 / RK67 | スズキ | 【2st単気筒/並列2気筒】14段変速を駆使したリッター350馬力の極致 |
| 1965年~ | RD56 / RD05A | ヤマハ | 【2st空冷並列2気筒/水冷V型4気筒】圧倒的加速力の2stレーサー |
マシンの超高速化に伴い、民家の壁や石垣が迫るマウンテンコースはあまりにも危険視されるようになった。ジャコモ・アゴスチーニなどのトップライダーがボイコットを行い、ついに1976年を最後にTTはWGPカレンダーから除外される。
TTの存続をかけた主催者は、純粋なファクトリーレーサーから「市販車ベース」のマシンで争うクラス(TT-F1等)を新設し、レギュレーションの大転換を図った。ここからの歴史は、スーパーバイクにおける「メカニズムの進化」の歴史そのものである。
WGPから外れた直後の1978年、一度引退していた伝説の王者マイク・ヘイルウッドが「ドゥカティ 900SS(空冷L型2気筒デスモドロミック、約80馬力)」を駆って奇跡のカムバック優勝を果たした。
1980年代に入ると、1988年に初開催された「スーパーバイク世界選手権(SBK)」をターゲットに、各メーカーがファクトリーレーサー由来の公道モデル(ホモロゲーションマシン)をこぞって市場へ投入し始める。その頂点に立ったのがホンダ「RC30(VFR750R)」である。カムギアトレーン駆動の水冷V型4気筒(約112馬力)、チタンコンロッドという「公道を走れる ファクトリーマシン」が、TT-F1とSBKを完全に席巻した。
1990年代に入ると、レギュレーションがより市販車に近いスーパーバイクへ移行する中、キャブレターから「電子制御燃料噴射(PGM-FI)」へとメカニズムが移行していく。
高度なFIを備えたホンダのV型4気筒「RVF/RC45」がジョイ・ダンロップらのライディングで活躍。また、イタリアからはマッシモ・タンブリーニがデザインし、圧倒的な空力性能と水冷4バルブLツインを誇るドゥカティ「916」が登場し、勝利を収めた。日本の至宝であるV4エンジンと、美しさと速さを兼ね備えたドゥカティのLツインが衝突した、90年代スーパーバイク技術の到達点であった。
2004年のSBKレギュレーション変更(4気筒も1000ccまで認可)を受け、TTの主力も「1000ccの並列4気筒」へと一気にシフトした。
パワーは一気に170馬力超へと跳ね上がり、ホンダ「CBR1000RR(Fireblade)」を駆るジョン・マクギネスや、スズキ「GSX-R1000」などが活躍。かつての「小排気量・超高回転」とは真逆の、強大な馬力とそれを突き動かす車体剛性により、平均時速130mph(約209km/h)の壁を容易く突破するパワー競争の時代へ突入した。
エンジン出力がついに200馬力を超え、物理的に人間のスロットル操作だけでマウンテンコースを走り切ることが不可能な次元へ突入した。勝敗を決するメカニズムは、6軸IMU(慣性計測装置)を活用した「トラクションコントロール」「アンチウィリー」などの【電子制御デバイス】へと完全に移行する。
2014年、高度な電子制御サスペンション等を備えたBMW「S1000RR」がマイケル・ダンロップの騎乗によりシニアTTを制覇(実に75年ぶり)。その後も電子制御の洗練を極めたカワサキ「Ninja ZX-10R」等が活躍し、現代の平均時速は135mph(約217km/h)の極致に達している。200馬力超をミリ秒の電子制御で手懐ける狂気の領域である。
| 第3期:市販車ベース(スーパーバイク等)時代の代表的優勝マシン | |||
|---|---|---|---|
| 年代 | 優勝マシン | メーカー | エンジン構成・ハイライト |
| 70年代末 | 900SS | ドゥカティ | 【空冷L型2気筒】M.ヘイルウッドの奇跡のカムバック勝利。ドゥカティ黄金期の象徴 |
| 80年代末 | RC30 (VFR750R) | ホンダ | 【水冷V型4気筒】SBK初代王者。TT-F1時代を支配した伝説のホモロゲーションマシン |
| 90年代中盤 | RVF/RC45 & 916 | ホンダ&ドゥカティ | 【FI化と空力】電子制御燃料噴射を備えたV4と、圧倒的空力のLツインの激突 |
| 2000年代 | CBR1000RR 等 | ホンダ等 | 【4気筒1000cc化】大排気量と車体剛性によるパワー競争。130mphの壁を突破 |
| 2010年代~ | S1000RR & ZX-10R | BMW&カワサキ | 【IMU電子制御】200馬力超を制御するトラクションコントロール。135mph超えの領域へ |
買取上限
484 万円相場平均
300~359 万円買取上限
551 万円相場平均
551 万円買取上限
307 万円相場平均
31~116 万円買取上限
N/A 万円相場平均
N/A 万円買取上限
291 万円相場平均
126~194 万円買取上限
670 万円相場平均
670 万円買取上限
N/A 万円相場平均
N/A 万円買取上限
352 万円相場平均
296~315 万円買取上限
398 万円相場平均
254~311 万円買取上限
493 万円相場平均
199~299 万円
【リピーターやご紹介のお客様が非常に多い】
のは、お客様の立場に立った誠実な査定と相場以上での高額査定が評価されてのことだと自負しております。
事実、パッションのバイク買取査定はお客様満足度95%超!
弊社パッションは最高の接客と特別な買取価格で常にお客様満足度No1を追求しています。
【当社の査定員はみんな査定資格とマナー講習を修了】
お客様が気持ちよく満足してオートバイを売るできる事がとても大切だと考えています。
買取提示価格がお客様のご希望金額に届かない等、御満足頂けない 場合は買取不成立となりますが、その場合もパッションの査定はモチロン無料です!
査定は全て、最初から最後まで無料。安心してお気軽に最高の無料査定をお試しして頂けます。
ご希望の日時に車両の保管場所にお伺い致します。今日当日も対応。
ご到着~査定~お支払い~お手続き~車両の引上げまでトータルの所要時間は平均して約20分です
査定金額にご納得いただけた場合、即日現金でお支払いいたします。
買取証明書を発行して、クーリングオフや廃車手続きなどについてご案内させて頂きます
査定金額にご満足いただけない場合は買取不成立となります。
その場合も査定は完全無料です。無駄に交渉を重ねることは一切なく、速やかに辞去させて頂きます
買取後に車両を引き上げさせて頂きます。廃車手続きは弊社で無償代行致します。
廃車証のコピーは10日~2週間程でお客様のお手元に届きます
【即日対応!資格を持った査定士がお伺いいたします】
全国の支店からご希望日時に出張査定にお伺いしています。弊社の査定員は全員。査定士の資格を取得し、マナー講習を修了しております。
リピーターやご紹介のお客様が非常に多いのには理由がございます。
最高の査定額と最上のご対応でお客様のご期待にお応えいたします。

▼下記のいずれか1つ
・125cc以下:標識交付証明書
・126cc以上250cc以下:軽自動車届出済証
・251cc以上:自動車検査証
※登録書類が無くても、ご登録名義と住所が分かれば買取に支障はございません

査定にお立会い頂くご本人様の身分証をご提示ください。コピーなどは必要ございません。
(オートバイの名義人と売却される方が同一である必要はございません)
買取成立となった場合、お客様のサインを頂戴しております。