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AMAグランドナショナル選手権の歴史|フラットトラックレースが生んだメカニズムと名機の変遷

異なる時代のダートトラッカーが一斉にスライドする、AMAグランドナショナル選手権の激闘

「世界最高のロードレーサーは、ダートトラックから生まれる」。かつて1980年代から90年代にかけて、世界の最高峰「ロードレース世界選手権(WGP)」を支配したケニー・ロバーツ、フレディ・スペンサー、エディ・ローソン、ウェイン・レイニーといったアメリカ人ライダーたちは、皆この言葉を体現する存在であった。

彼らの圧倒的な強さの根源は、アメリカ国内に存在する極めて特異なレースシリーズ「AMAグランドナショナル選手権(Grand National Championship = GNC)」にある。1954年にスタートしたこの選手権は、ダート(未舗装の土)のオーバルトラックと、ロードレース(舗装路)のポイントを合算して「ジャンルの垣根を超えたNo.1 of No.1」を決めるという、世界でも類を見ないガラパゴスなレギュレーションを持っていた。これは後に「スーパーバイカーズ(1979年)」を生み、現代のモタード(スーパーモト)へと繋がる強烈なルーツでもある。

この特異な環境は、時速210km以上にも達する超高速のダートオーバルにおいて「フロントブレーキを外す(装着禁止)」という極端なルールと、土を掴むために「意図的にしなるクロモリ鋼管フレーム」という独自のメカニズムを生み出した。ライダーはブレーキを持たず、スロットルワークと体重移動のみでリアタイヤを滑らせて(横に向けて)減速・旋回するしかなかった。

この「リアを滑らせて曲がる」という異次元の技術は、後にWGPの舞台において、G.アゴスチーニやB.シーンに代表されるヨーロッパの伝統的なロードレーサーたちを完全に駆逐する。暴れ狂う2ストローク500ccマシンのリアをねじ伏せる全く新しいライディングのパラダイムシフトを引き起こしたのだ。

本記事では、アメリカ独自の泥臭いモータースポーツがいかにして世界の頂点を極める技術と名機(XR750やRS750Dなど)を生み出したのか。その「3つの時代区分」を解説していく。

AMAグランドナショナル選手権:年代別の技術覇権とパラダイムシフト

【全体サマリー】AMAダートトラックの歴史と変遷(全3期)
時代区分 主なレギュレーション 時代を象徴するメーカー 戦いのテーマ 技術・メカニズムのハイライト
1950年代〜
1960年代
【第1期】
Class C
(750cc SV / 500cc OHV)
ハーレーダビッドソン
インディアン
トライアンフ
BSA
アメリカン・ツインの泥沼の戦い 【GNCの誕生とアメリカンの覇権】
ダートとロードを混合した特異な選手権がスタート。重いアメリカンVツインに対し、高回転のイギリス製OHVツイン/シングルが挑んだ異種格闘技戦。
1970年代
【第2期】
750cc OHV解禁 ハーレーダビッドソン
ヤマハ
無敵のXR750と
多気筒の狂気
【ダートの神XR750とヤマハの異端児】
ルール変更により史上最強のXR750が誕生。これに対抗すべく、ヤマハが2スト4気筒ロードレーサーをダート用に魔改造した「TZ750」で挑んだ狂乱の時代。
1980年代〜
現在
【第3期】
750cc Vツイン
(ダート専業化)
ホンダ
ハーレーダビッドソン
インディアン(近年)
世界の制圧と
ホンダの逆襲
【WGP制覇と打倒XRの刺客RS750D】
ダート育ちのライダーがWGP(500cc)をスライド走法で完全制圧。国内ではホンダがHRC製「RS750D」を投入し、長年のハーレー王朝を打ち破る。

ダートと舗装路を制する「真のNo.1決定戦」の過酷なメカニズム

GNCの最大の特徴は、マイル(1周約1.6kmのダート)、ハーフマイル、ショートトラック、TTスティープルチェース(右コーナーやジャンプを含むダート)、そして舗装路のロードレースという、路面も競技特性も全く異なるレース群を転戦し、ポイントを合算する点にある。

このルールは、マシンに極端な構成の変化を強いた。主戦場である左回りのダートオーバル(マイル、ハーフマイル)では、フロントから転倒(スリップダウン)するのを防ぐため「フロントブレーキの装着がルールで禁止」されており、フレームもあえて剛性を落として「しなり」でグリップを稼ぐ必要があった。一方、ジャンプのあるTTや、最高速が問われるロードレース(デイトナ200など)ではフロントブレーキが必須であり、全く異なるサスペンションとフレーム剛性が求められた。

この結果、低重心で図太いトルクを持ちダートを得意とするハーレーダビッドソン等の「アメリカンVツイン」と、高回転パワーで舗装路を圧倒する「日本/欧州の多気筒ロードレーサー」が、それぞれの得意セクションでポイントを奪い合うという、極めてエキサイティングで偏ったメカニズムのぶつかり合いが生まれたのである。

【第1期】アメリカン・ツインの泥沼の戦いとイギリスの刺客(1950年代〜1960年代)

1950年代、砂煙を上げてダートトラックを疾走するインディアンとハーレーのVツインレーサー

Class C規定と、インディアン vs ハーレーダビッドソン

初期のGNCにおいてレギュレーションの基盤となったのは、市販車ベースを義務付ける「Class C」規定である。これは「古いサイドバルブ(SV)エンジンは750ccまで、構造が新しいOHVエンジンは500ccまで」という排気量ハンデを設けたものであった。

この時代を牽引したのは、アメリカが誇る2大メーカー、インディアン(Sport Scout)とハーレーダビッドソンであった。特にハーレーダビッドソンは、サイドバルブエンジンの「KR750」を投入する。OHVに比べて旧式ではあったものの、750ccの排気量がもたらす強烈なトルクと低重心がダートの深い轍(わだち)にピタリとはまり、ダートトラックを完全に席巻した。

トライアンフとBSAの台頭

この重いアメリカンVツインの牙城に対し、イギリスから強力な刺客が送り込まれる。トライアンフの「T100(500cc OHV並列2気筒)」や、BSAの「Gold Star(500cc OHV単気筒)」である。
排気量こそ500ccに制限されていたものの、先進的なOHVエンジンによる高回転の伸びと、圧倒的に軽量なフレーム構造を武器に、ショートトラックやTTスティープルチェースなど、俊敏なハンドリングが要求されるセクションでハーレーを大いに苦しめた。

第1期(1950年代〜1960年代):伝説を創ったマシンとメカニズム
排気量 代表的なマシン名 / メーカー メカニズムと特徴
750cc ハーレーダビッドソン KR750
(Harley-Davidson)
45キュービックインチ(750cc)のサイドバルブVツイン。低重心でトルクフルな特性がダートに適合し、長期政権の基礎を築いた。
750cc インディアン Sport Scout 750
(Indian)
戦前から戦後のダートでハーレーと死闘を演じた名機。しかしメーカーの経営不振により徐々に表舞台から姿を消す。
500cc トライアンフ T100 / BSA Gold Star 軽量な車体とよく回る500cc OHVエンジンを武器に、小回りの効くトラックで重いアメリカンVツインに対抗したイギリスの刺客。

【第2期】無敵のXR750と多気筒の狂気「TZ750ダートトラッカー」(1970年代)

強烈な土煙を上げてダートを暴走するヤマハTZ750とハーレーXR750の死闘

1969年のレギュレーション変更と「ダートの神 XR750」の誕生

1969年、AMAは重大なレギュレーション変更(事実上のハンデ撤廃)を行い、構造を問わず全エンジンで750ccまでの参戦を許可した。これにより、旧来のサイドバルブ「KR750」ではイギリス勢の750cc OHVマシンに勝てなくなったハーレーダビッドソンは、全く新しいOHV Vツインレーサーを開発する。これが、現在に至るまで「史上最も成功したモーターサイクルレーサー」として語り継がれる「XR750」(1970年デビュー、1972年アルミ合金化)である。

極端に細身のクロモリフレーム、右足の動きを妨げないように左側にまとめられたアップマフラー、そしてダート路面を強烈に掴む不等間隔爆発のVツインエンジン。XR750はダートトラックを勝つための完璧なパッケージを備えており、なんとこの後2008年までの間に29回ものGNCタイトルを獲得し、2010年代に至るまで数え切れないほどの勝利を重ねるという、異常なまでの絶対王政を築き上げた。

狂気の異端児:ケニー・ロバーツと「ヤマハ TZ750ダートトラッカー」

XR750の絶対王政に対し、最も狂気じみたアプローチで挑んだのがヤマハとケニー・ロバーツである。
1975年、圧倒的なパワーを持つハーレーのVツインにストレートで打ち勝つため、ヤマハはロードレース(デイトナ200等)で大暴れしていた「水冷2ストローク並列4気筒 750cc」の純ロードレーサー(TZ750)のエンジンを、無理やりダートトラッカーの細いフレームに押し込んだバケモノを作り上げた。

この「TZ750ダートトラッカー」は、120馬力オーバーという、土の上を走るにはあまりにも過剰でピーキーなパワーを持っていた。スロットルを開けた瞬間に猛烈なホイールスピンを起こし、車体を激しく暴れさせながらも、ロバーツの神がかり的なバランス感覚によって1975年のインディマイルで劇的な大逆転勝利を収める。レース後、ロバーツが「あんなバケモノに乗るにはギャラが安すぎる」と語った逸話は有名である。結果的に、このマシンは速すぎて危険すぎたため、直後にAMAから使用禁止処分を受けることとなった。

第2期(1970年代):伝説を創ったマシンとメカニズム
排気量 代表的なマシン名 / メーカー メカニズムと特徴
750cc ハーレーダビッドソン XR750
(Harley-Davidson)
OHV空冷V型2気筒。ダートに最適化されたトルク特性と細身の車体で、29回もの王者タイトルとモーターサイクル史に残る勝利数を誇る「ダートの神」。
750cc ヤマハ TZ750 ダートトラッカー
(ヤマハ)
ロードレース用の水冷2スト並列4気筒エンジンをダートフレームに積んだ狂気のマシン。強大すぎるパワーで1勝のみを残し使用禁止に。
750cc ヤマハ XS650ベース(XS750等)
(ヤマハ)
4ストローク並列2気筒(SOHC)。TZ750以前にケニー・ロバーツが駆り、ハーレーのXR750と真っ向勝負を繰り広げた名機。

【第3期】ホンダの逆襲「RS750D」と、WGP(世界)の完全制圧(1980年代〜現在)

ダートのスライド走法から、ロードレースのハングオフへと繋がる歴史の変遷

最大のパラダイムシフト:ダート技術による世界(WGP)の制圧

1970年代後半から1980年代にかけて、AMAグランドナショナル選手権は、世界のロードレースの勢力図を根底から覆す「最大のパラダイムシフト」を引き起こす。

GNCで「ブレーキを使わず、スロットルワークと体重移動だけでリアタイヤを滑らせて(横に向けて)曲がる」というフラットトラック特有の技術を極めたアメリカ人ライダーたち(K.ロバーツ、F.スペンサー、E.ローソン、W.レイニーなど)が、世界の頂点である「ロードレース世界選手権(WGP)500ccクラス」に殴り込みをかけたのである。
当時のWGP 500ccマシンは、150馬力を超える狂暴な2ストロークエンジンを搭載し、ハイサイドの危険と隣り合わせの暴れ馬であった。ヨーロッパのロードレーサーたちがこのパワーを持て余す中、アメリカ人ライダーたちはダートで培った「あえて後輪をスライドさせ、逆ハンドルを当てながら強引に向きを変える(リア・ステア)」という前代未聞のライディングスタイルで、暴れる2ストロークマシンを完全にねじ伏せた。結果として、1980年代から90年代初頭のWGPは、AMAダート上がりのアメリカ人ライダーたちによる「絶対覇権時代」となったのである。

打倒XR750の刺客:ホンダ HRC「RS750D」の投入

一方、アメリカ国内のGNC(ダートトラック)においては、依然としてハーレーXR750の絶対王政が続いていた。これに終止符を打つべく、ホンダはレース専用開発部門であるHRCを動かし、打倒XRに特化した純血のファクトリーマシン「RS750D」を開発する。

XR750が旧来のOHV2バルブ・プッシュロッドであったのに対し、1984年に投入されたRS750Dは、SOHC4バルブ、1シリンダーあたり2本のプラグ、オフセットクランクを採用した超高回転型の狭角V型2気筒エンジンであった。XR750を徹底的に研究し、より高い信頼性と洗練されたメカニズムを備えたこのマシンは、リッキー・グラハムとババ・ショバートのライディングにより1984年から1987年まで4年連続でチャンピオンを獲得し、長らく続いたハーレー王朝に強烈な楔を打ち込んだ。

ダートとロードの完全分離(1989年)と、現在への繋がり

1980年代以降、モーターサイクルの専門化が進み、ダート専用機と舗装路専用機(スーパーバイク等)の性能乖離が激しくなったことで、1人のライダーが両方で勝つことは極めて困難になった。
これに伴い、1989年、AMAはついにダートトラックとロードレースのポイントを完全に分離し、GNCは純粋なダートトラック(フラットトラック)専業の選手権として再出発することとなる。

2026年現在でも「アメリカン・フラットトラック(AFT)」として受け継がれているこの選手権には、近年インディアンモーターサイクルが最新鋭の水冷Vツイン「FTR750」で復帰し、圧倒的な強さでハーレーと再び死闘を演じるなど、泥臭くも熱狂的な「アメリカ独自のパラダイム」が今なお息づいている。

第3期(1980年代〜):伝説を創ったマシンとメカニズム
排気量 代表的なマシン名 / メーカー メカニズムと特徴
750cc ホンダ RS750D
(ホンダ)
SOHC4バルブ、オフセットクランクの狭角Vツイン。XR750を徹底研究したHRC謹製のワークスマシンで、ハーレーの連勝記録を止めた名機中の名機。
500cc ホンダ NSR500 / ヤマハ YZR500
(WGPマシン)
GNCで育ったアメリカ人ライダーたちが、この強烈な2ストロークV4マシンをダート技術でねじ伏せ、ヨーロッパの伝統的な走りを駆逐した。
750cc インディアン FTR750
(Indian)
現代のAFT(アメリカン・フラットトラック)に登場し、水冷Vツインエンジンで無類の強さを発揮している最新のダートトラッカー。

トラッカースタイル・フラットトラックレーサーレプリカの買取査定相場

純血のダートトラックレーサーであるXR750やRS750Dが一般の中古市場に出回ることは極めて稀(海外オークションなどでコレクターズアイテムとして高額取引される)であるが、その血統を受け継ぐ市販モデルや、トラッカースタイルを模したストリートモデルは日本国内でも高い人気を誇ってきた。

ハーレーダビッドソンはダートトラックの王座を象徴する空冷スポーツスターベースの「XR1200」や、往年の名機を彷彿とさせる「XR1000」を発売し、熱狂的な支持を集めた。また、ホンダはRS750Dの活躍を背景に、公道向けレプリカとも言える「FTR250」を投入し、後のストリートカスタムブームを牽引した「FTR223」へと繋がっていく。近年ではインディアンが最新のフラットトラッカー直系デザインを持つ「FTR1200」をリリースしている。
これら、歴史あるトラッカースタイルを受け継ぐ名車たちの現在の買取相場について下記でご案内する。

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