
エンジンという心臓の鼓動を奏でる楽器であり、パワーを絞り出すための「流体力学」の最前線。バイクのマフラー(排気系)は、単なる「排気ガスを捨てるための煙突」ではない。
かつて直管の爆音を轟かせていた時代から、音響工学を応用してパワーを倍増させた2ストロークチャンバーの発明、ポップ吉村が世界を驚愕させた4-in-1集合管、そして現代の厳しい環境規制をクリアしながら強烈な馬力を叩き出す緻密な電子制御フラップに至るまで、排気管の中では常に過酷な物理法則との戦いが繰り広げられてきた。
本稿では、V2ロケットの技術から生まれた冷戦時代の秘話から最新のマスの集中化まで、バイクのマフラー・排気系がいかに進化してきたのかを「2ストロークと4ストロークの系統」を整理しつつ、ハイエンドモデルのブレイクスルーを中心に専門的に網羅する。あわせて、プロの買取バイヤーの視点から「旧車の純正マフラーが単体で100万円を超える異常なプレミア価値」と「社外マフラーカスタムが引き起こすマイナス査定のリアル」について鋭く切り込んでいく。
各世代の深い歴史的背景へ踏み込む前に、排気系の進化を大枠で俯瞰しておきたい。本稿では最先端のレース技術が生み出した「ハイエンドモデルのブレイクスルー」を中心に追うが、並行して大衆車がどのようにその恩恵を受けてきたのかも補足する。マフラーの進化は大きく4つのパラダイムシフトを経ている。
| 排気系の次元 | パラダイム(主目的) | 歴史的背景と代表的な進化 |
|---|---|---|
| 第一段階 (1950s〜60s) |
音響波による充填効率の劇的向上【2スト】 | ただのメガホン管から、排気波(圧力波)を反射させて混合気をシリンダーに押し戻す「チャンバー」の発明。 【代表】MZ社ウォルター・カーデンの膨張室 |
| 第二段階 (1970s) |
排気脈動による「吸い出し」効果【4スト】 | 各気筒の排気をまとめることで、互いの排気ガスを引っ張り出し合う(スカベンジング)技術の確立。 【代表】ヨシムラ 4-into-1集合管 |
| 第三段階 (1980s〜00s) |
排気圧の動的コントロール【4スト/2スト】 | レーサー技術の公道還元(レプリカブーム)。高回転化による「低速トルクの抜け」を防ぐため、マフラー内の抵抗をバルブで可変させる。 【代表】排気デバイス(ヤマハ EXUP等)、センターアップ配置 |
| 第四段階 (2010s〜現代) |
環境規制とマスの集中化【全車種】 | 巨大な触媒(キャタライザー)を車体下部に隠し、チタン素材や電子制御フラップを用いて重量と背圧を管理する。 【代表】ユーロ規制対応アンダーマフラー、FI専用マフラー |
マフラーは単なる金属の筒ではない。長さ、太さ、形状のすべてがミリ単位で計算された「エンジンの呼吸器官」なのである。それでは、世界の二輪レースの歴史を変えた第一世代、2ストロークの劇的なドラマから紐解こう。
| 第1世代以前〜1960s | 歴史的トピックス |
|---|---|
| メガホンマフラー | 戦前〜50年代の主流。テーパー状に広がる管で排気流速を高める原始的な構造。 |
| 世紀の発明 | 東ドイツのMZ社(ウォルター・カーデン)による「膨張室(チャンバー)」の実用化。 |
| 亡命と技術流出 | 1961年、エースライダー(E・デグナー)の西側への亡命劇とスズキへのチャンバー技術流出。 |


1950年代以前のオートバイのマフラーは、2ストロークも4ストロークも区別なく、基本的に「ストレートパイプ」か、出口に向かってラッパ状に広がる「メガホンマフラー(または葉巻型のシガーマフラー)」であった。これらは排気の抜けを良くすることで高回転域のパワーを稼いだが、2ストロークにおいては致命的な弱点があった。未燃焼の生ガスまでマフラーからそのまま逃げてしまい、極めて燃費と効率の悪い構造だったのである。
この物理的な限界を打ち破ったのが、旧東ドイツのMZ社(Motorrad- und Zweiradwerk)に所属していた天才エンジニア、ウォルター・カーデン(Walter Kaaden)である。
第二次世界大戦中、ナチス・ドイツの極秘施設ペーネミュンデで「V2ロケット」等のパルスジェットエンジンの開発に携わっていたカーデンは、戦後MZ社でレース部門の指揮を執ることになる。ロケット開発で培った「音響波(圧力波)」の知識を、2ストロークエンジンの排気管に持ち込んだのだ。
1955年、オシロスコープを用いてマフラー内の圧力波を可視化したカーデンは、排気管の中間に膨らみ(膨張室=チャンバー)を持たせ、後端を急激に絞る(コンバージェントコーン)形状を計算で導き出した。
これにより、排気ポートが開いた瞬間に発生する「正圧波」がチャンバー後端で反射し、「逆向きの圧力波」となってシリンダーへ跳ね返る。排気と一緒に逃げようとしていた「未燃焼の新鮮な混合気」を、この反射波がシリンダー内に強烈に押し戻す(自然過給する)という魔法のようなシステムを完成させた。
特筆すべきは、チャンバー単体ではなく「三位一体の相乗効果」である。カーデンは、ダニエル・ツィンマーマンから受け継いだ「ロータリーディスクバルブ」によって吸気タイミングを非対称かつ最適化し、「掃気ポート」で混合気を効率よくシリンダーへ送り込み、最後に「チャンバーの反射波」で蓋をして圧縮する、という現代2ストロークの完全なメカニズムを確立した。この技術を搭載したMZのファクトリーレーサー「RE125」は、当時の常識を打ち破り、125cc単気筒で20馬力(リッター換算160馬力以上)という狂気的な出力を叩き出したのである。
東側陣営の小さな町工場(MZ)が、当時圧倒的な強さを誇っていた西側のMVアグスタやモンディアル、NSUを脅かす事態は世界を震撼させた。しかし1961年、モータースポーツの歴史に残る大事件が起きる。
MZのエースライダーであり、カーデンの右腕としてチャンバー技術のすべてを知り尽くしていたエルンスト・デグナー(Ernst Degner)が、世界選手権を目前にしたスウェーデンGPで家族とともに西側へ亡命したのである。彼を受け入れたのは、当時マン島TTレースで勝てずに苦しんでいた日本の「スズキ」であった。
デグナーが持ち込んだカーデンの「チャンバーの設計図と理論」によって、スズキのマシンは劇的に進化。翌1962年、スズキの「RM62」は50ccクラスで初の世界タイトルを獲得する。さらにチャンバー技術を極めたスズキは、1967年に50cc水冷2気筒・14段変速で17.5馬力(リッター換算なんと350馬力!)を絞り出す怪物マシン「RK67」を生み出した。
これを機にヤマハ等の日本メーカーも一気にこの技術を吸収する。80年代のRZ250やNSR250Rが謳歌した「2ストローク公道モデルの黄金時代」は、一人のドイツ人技師の頭脳と、冷戦下の劇的な亡命劇から始まったのである。
ここで一つの疑問が浮かぶ。なぜチャンバーは2ストローク専用であり、4ストロークには採用されないのか。
2ストロークエンジンには「吸排気バルブ」が存在せず、ピストンの上下運動による「ポートの開閉」だけでガスをやり取りする。そのため、マフラーの反射波を利用して「生ガスを物理的に押し戻す(蓋をする)」チャンバーの存在が絶対不可欠となる。一方、4ストロークは金属のバルブが物理的に閉じて圧縮を行うため、チャンバーのような反射波による「蓋」は必要ないのだ。
しかし、60年代の大衆向けベーシック2ストローク車(スズキT20やヤマハYDSシリーズ等)の多くは、見た目の美しさやコスト面から依然として「シガーマフラー(葉巻型)」や「メガホン」を採用していた。本格的なチャンバーが公道の大衆車に標準装備され始めるのは、80年代のレーサーレプリカブームを待たねばならない。
チャンバーの進化はそこで止まったわけではない。90年代には溶接の跡がない美しい「ハイドロフォーミング成形(水圧膨張成形)」が導入され、コンピュータ解析によるミリ単位の容量計算が行われた。さらに現代では、KTM等のエンデューロレーサーがTPI/TBI(電子制御燃料噴射)と組み合わせ、共鳴と強度を高める波型のプレス加工が施された最先端チャンバーを採用し、今なお進化を続けている。
| 第2世代(1970s) | 歴史的トピックス |
|---|---|
| 多気筒化の代償 | CB750FOUR登場による「4本出しマフラー」の圧倒的な重量増 |
| ヨシムラの革命 | ポップ吉村による「4-into-1」集合管の発見と、1971年オンタリオ250マイルでの衝撃 |
| 排気脈動効果 | 各気筒の排気を利用して「引っ張り出す(スカベンジング)」集合管のメカニズム |

一方、バルブ機構を持つ4ストロークエンジンの排気系において世界的なブレイクスルーを起こしたのは、ヨーロッパの大手メーカーではなく、日本の小さなチューニングショップであった。
1969年以前の4ストローク車(トライアンフやBSA、ホンダCB450等の2気筒モデル)は、気筒数に応じた独立した「ピーシューター(豆鉄砲)」や「メガホン」マフラー(2-into-2等)を装備するのが当たり前であった。
1969年、ホンダが世界初の量産並列4気筒モデル「CB750FOUR」を発売する。4つのシリンダーから伸びる4本の巨大なマフラーは、大排気量時代を象徴する圧倒的な迫力を持っていた。しかし、レースという極限の戦場において、この「独立した4本出しマフラー」はあまりにも重く、バンク角(車体を倒す角度)を確保する上で致命的な障壁となった。
このCB750FOURのポテンシャルをいち早く見抜いていたのが、後に「ゴッドハンド」と称されるヨシムラの創業者、吉村秀雄(ポップ吉村)である。
彼は軽量化と高回転化を目指し、エンジンベンチ(動力計)を使って独自のマフラー開発に着手。パイプの太さ、長さ、そして合流させる位置を何度も何度も切り貼りしてテストする中、ある歴史的な発見をする。4本の排気管を途中で1つにまとめる「4-into-1(集合管)」構造にすると、ただ重量が軽くなるだけでなく、高回転域で信じられないほどのパワーの伸びを示したのである。
なぜ集合させるとパワーが出るのか。それは排気脈動(エキゾースト・スカベンジング)という現象の最適化にあった。
4気筒エンジンは順番に爆発している。1つの気筒から勢いよく排気ガスが集合部へ抜け出すと、その流れの直後には「負圧(空気が引っ張られる力)」が発生する。この負圧が、次に排気バルブを開こうとしている別の気筒の排気ガスを「強制的に吸い出す(引っ張る)」効果を生むのだ。
1971年10月、アメリカのオンタリオ・モータースピードウェイで開催された250マイルレースにおいて、ヨシムラの手による「4-into-1」を装着したCB750レーサーがベールを脱ぐ。圧倒的な甲高い「ヨシムラサウンド(集合音)」を響かせ、ライバルを置き去りにしていくその姿は、世界のチューナーたちに凄まじい衝撃を与えた。
ここで二輪史における数奇な縁に触れておこう。
ヨシムラはその後、アメリカでのビジネス上のトラブルに見舞われるが、1978年に「スズキ」と強固なパートナーシップを結ぶ。ヨシムラのチューニング技術と4-into-1集合管を搭載したスズキ・GS1000は、1978年のデイトナスーパーバイクレースで歴史的な勝利を飾り、同年の第1回鈴鹿8耐をも制覇する。
かつて東ドイツのエルンスト・デグナーが亡命して「2ストロークチャンバーの極意」をスズキにもたらしたように、今度はポップ吉村が「4ストローク集合管とチューニングの極意」をスズキと共に開花させたのである。この「ヨシムラ・スズキ」の伝説は、現代まで続く強固なレーシングDNAとなった。
| 第3世代(80s〜00s) | 歴史的トピックス |
|---|---|
| 低速トルクの抜け | ハイカム化とバルブオーバーラップ増大による、中低速時の「吹き抜け」問題 |
| 排気デバイスの誕生 | 1987年 FZR400Rへの「EXUP」搭載。可変バルブで排気管の太さを擬似的に変える |
| 空力とバンク角 | Ducati 916やCBR600RRに見られる「センターアップ(後方排気)」レイアウトの流行 |


1980年代に入り、レーサーレプリカブームによってエンジンの高回転・高出力化が極限まで進む。この時代、サーキットのファクトリーマシンで培われた「2ストロークにはチャンバー」「4ストロークには多段集合管(4-in-1や4-in-2-in-1)」という究極の排気システムが、惜しげもなく公道の市販車へと還元されていった。
しかし、4ストロークエンジンが集合管を用いてさらに高回転化を推し進めると、集合管だけでは解決できない新たな壁にぶつかった。
4ストロークエンジンが高回転でパワーを出すためには、吸気バルブと排気バルブが「同時に開いている時間(バルブオーバーラップ)」を長く設定し、吸入の勢いを利用して排気ガスを押し出す必要がある(ハイカム化)。しかしこの設定のまま中低速域(発進時や街乗り)を走ると、流速が足りず、せっかく吸い込んだ新鮮な混合気が排気側へそのまま「吹き抜けて」しまい、極端な低速トルク不足に陥る。
「高回転の抜けの良さ」と「低回転のトルク(背圧の確保)」は、マフラーの構造上、完全にトレードオフ(相反する関係)にあった。
この矛盾を打ち破ったのが、ヤマハが1987年の市販レーサー(ホモロゲーションモデル)であるFZR400R(1WG)で世界で初めて搭載した4ストローク用排気デバイス「EXUP(エグザップ)」である。
マフラーの集合部に電子制御で動く可変バルブ(バタフライバルブ等)を設け、低回転時はバルブを閉じて排気管を絞ることで「背圧(排気抵抗)」を作り出し、吹き抜けを防止。エンジン回転数が上がるとバルブを全開にして、フルパワーを発揮させる。
つまり、「回転数に応じてマフラーの太さが魔法のように変わる」システムを構築したのだ。
この技術は90年代後半からフューエルインジェクション(FI)の普及とともに各社へ波及する。ホンダは2000年のCBR929RRで「HTEV(Honda Titanium Exhaust Valve)」を、スズキは2001年のGSX-R1000で「SET(Suzuki Exhaust Tuning)」を相次いで導入。海外メーカーも、ドゥカティが1098(2007年)等で排気バルブを採用した。排気系は「ただ抜く」時代から、電子制御で「緻密にコントロールする」時代へと突入したのである。
この時代、排気系の「配置(レイアウト)」にも大きな流行があった。
伝統的な右出しの「ダウンタイプ」や、レーシーな「アップタイプ」に加え、1990年代後半から2000年代にかけて大流行したのが「センターアップマフラー」である。
マッサモ・タンブリーニがデザインした至高の名車Ducati 916(1994年)や、Honda CBR600RR / CBR1000RR(2003年〜)、ヤマハ YZF-R1(2004年〜)などがこぞって採用した。
サイレンサーをシート下(テールカウル内)に配置するこのレイアウトは、車体側面の空力特性(エアロダイナミクス)を劇的に向上させ、どれだけ深くバンクさせてもマフラーが地面に擦らないという絶対的なメリットがあった。なにより後方から見たデザインが圧倒的に美しく、一時代を築いた。しかし、重いサイレンサーが車体の高い位置に置かれること(重心の上昇)や、ライダーの熱害問題から、スーパースポーツの進化と共に次のレイアウトへと姿を変えていく。
| 第4世代(2010s〜) | 歴史的トピックス |
|---|---|
| キャタライザー | ユーロ4 / ユーロ5等の厳格な排ガス規制に伴う、触媒の大型化と重量増 |
| マスの集中化 | 大型の排気チャンバー室(弁当箱)をエンジン直下(アンダー)に配置し、運動性能を確保 |
| 素材の極限 | 触媒の重量増を相殺するための、チタンやインコネルといった航空宇宙素材の多用 |


現代のバイクマフラー設計において、エンジニアを最も悩ませているのが「環境規制(ユーロ規制等)」である。有毒な排気ガスを浄化するため、マフラー内部にはプラチナやパラジウムなどの貴金属を用いた「触媒(キャタライザー)」を配置することが絶対の義務となった。
ユーロ4、そしてユーロ5へと規制が厳格化するにつれ、触媒と消音室を兼ねた排気チャンバーはどんどん大型化し、マフラーは重くなった。気筒数や排気量にもよるが、この数キロ〜十数キロにも及ぶ重量物を、かつてのセンターアップのように車体の高い位置や後方に置いてしまえば、バイクの運動性能は崩壊してしまう。
そこで現代のスーパースポーツだけでなく、アドベンチャーモデルやネイキッドに至るまで幅広く採用されるようになった結論が、重い触媒チャンバー室(通称:弁当箱)をエンジンの真下、つまり車体の重心位置にギリギリまで詰め込む「マスの集中化(アンダーマフラー化)」である。
Buell(ビューエル)などが先駆的に取り入れていたこの手法は、現在ではKTM、ドゥカティ、ホンダ、ヤマハなど多くのメーカーの標準フォーマットとなった。
また、触媒によって増えた重量を1グラムでも相殺するため、エキゾーストパイプには極めて高価で加工が難しい「チタン合金」や、F1で使われる耐熱合金「インコネル」が惜しげもなく投入されている。現代の純正マフラーは、ただの鉄パイプではなく、最先端の電子フラップバルブと貴金属の触媒、そして航空宇宙素材で構成された、バイクの中で最も高価なパーツの一つに成り上がっているのである。
| 用語 | 意味と特徴 |
|---|---|
| メガホンマフラー | 出口に向かってラッパ状に広がる形状のマフラー。排気の抜けが良く高回転向けだが、低速トルクは失われやすい。旧車やクラシックモデルの象徴的デザイン。 |
| チャンバー(膨張室) | 2ストロークエンジンの命。途中で膨らみ、再び絞られる形状により圧力波を反射させ、未燃焼ガスをシリンダーに押し戻す「過給」を行う魔法のパイプ。 |
| 4-into-1 集合管 | 4つの気筒からの排気を1本にまとめる構造。ヨシムラが確立。排気ガスが互いに引っ張り合う「排気脈動(スカベンジング)」により、劇的なパワーアップと軽量化を実現。 |
| バルブオーバーラップ | 吸気バルブと排気バルブが「同時に開いている」時間。高回転でパワーを出すために必須だが、低回転では新鮮なガスがそのままマフラーへ吹き抜けてしまうデメリットがある。 |
| 排気デバイス (EXUP等) |
ヤマハが開発した可変排気バルブシステム。マフラー内に設けたフラップを電子制御で開閉し、低回転時は意図的に抵抗を作ってトルクの抜けを防ぐ画期的な機構。 |
| 触媒(キャタライザー) | 排気ガス中の有害物質(HC、CO、NOx)を化学反応で無害化するフィルター。環境規制の強化に伴い巨大化・重量化しており、現代マフラー設計の最大の課題となっている。 |
これまで見てきたように、マフラーはメーカーが最新の流体力学を投じて「そのエンジンのためだけに」最適化した専用設計の精密部品である。
しかし、バイク購入後に多くのユーザーが真っ先に行うカスタムが「マフラー交換」であるのも事実だ。マフラーカスタムは大きく分けて、スポーツモデルを中心とした「性能アップ(軽量化・排気効率向上)」と、ハーレーダビッドソンなどのクルーザーを中心とした「ドレスアップ(デザイン・音質・音量)」の2つに大別される。
では、マフラーをカスタムするとバイクを手放す際の「査定額」はどうなるのだろうか?プロの買取バイヤーの視点から、そのリアルな市場価値を紐解いてみよう。
一部のコレクターの間では「純正マフラーが欠品していると数十万円〜100万円規模のマイナス査定になる」と恐れられているが、まず大前提として「純正マフラー単体が異常なプレミアム評価をされるモデルは、極めて限られている」という事実を知っておいてほしい。
その最たる例が、ホンダCB750FOUR(K0)の初期生産ロットにのみ装着されていた通称「HM300(無番)」マフラーや、ドゥカティ750SS(1974年式)等のシリアルナンバー(刻印)が一致する純正マフラーなどである。これらの「歴史的・文化財的価値」を持つ一部の超プレミアム旧車においてはオリジナル状態を維持していることが絶対条件となるため、当時の純正マフラーが極上の状態で残っているだけで車輌価値が跳ね上がる。
しかし、上記のような一部の旧車・名車を除いた「現行に近い大衆車やスポーツモデル」においては、話が全く変わってくる。実は、各機種のカスタムトレンドに沿った「人気ブランド品」が装着されている場合、査定額は大きくプラスになることが多いのだ。
例えば、現代のスーパースポーツ(SS)やネイキッドであれば、アクラポビッチ(AKRAPOVIC)やヨシムラ、モリワキといった一流ブランドのフルエキゾースト、あるいは車検対応スリップオンマフラーが装着されていれば、次期オーナーからの需要が高いため高評価となる。
特にハーレーダビッドソン等のクルーザー界隈で現在最も査定に強いのが、手元のスイッチで音量を切り替えられる「ジキル&ハイド(Dr. Jekill & Mr. Hyde)」等の音量可変式マフラー(車検対応)である。近隣トラブルを避けつつ重低音を楽しめ、かつ堂々と車検に通るこれらのハイエンドカスタムは、買取現場で絶大なプラス査定を生み出す。
また、80年代〜90年代の2ストロークレプリカ(NSR250RやTZR250等)においては、Jha(城北ホンダオート)やスガヤ、SP忠男、あるいはHRC等の「当時物ブランドのチャンバー」が装着されていると、当時の熱狂を知るファンにとって垂涎の的となり、驚くほどの高額査定がつくケースが多々ある。
このように、トレンドを押さえた良質なマフラーカスタムは、決してマイナスではなく、むしろ多くのバイク乗りにとって「ポジティブな資産価値」をもたらしてくれる。
ただし、最後にプロの買取バイヤーから一つだけ重要なアドバイスがある。「カスタムを楽しんだ後も、絶対に外した純正マフラーを捨てないでほしい」ということだ。
良質な社外マフラーが高く評価されるのは事実だが、経年劣化による音量増大や、将来的な排ガス規制の厳格化を考慮すると、「確実に車検に通る純正マフラー」がセットで保管されていることが、次のオーナーに対する最大の安心感に繋がる。つまり、「人気ブランドの社外マフラー装着 + 綺麗な純正マフラー付属」という状態こそが、最も査定額が跳ね上がる最強の組み合わせなのである。
愛車を自分好みにチューニングし、極上の排気音を満喫しつつ、純正という「保険」を大切に保管しておく。それが、マフラー進化の歴史を楽しみながら、愛車の資産価値を最大限に高める最も賢いバイクライフと言えるだろう。
買取上限
192 万円相場平均
72.7~117 万円買取上限
868 万円相場平均
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N/A 万円相場平均
N/A 万円買取上限
N/A 万円相場平均
N/A 万円買取上限
97.4 万円相場平均
62.7~80 万円買取上限
87.2 万円相場平均
37~53.5 万円買取上限
71.4 万円相場平均
53.6~60.2 万円買取上限
261 万円相場平均
261 万円買取上限
41.2 万円相場平均
28.2~34.3 万円買取上限
69.4 万円相場平均
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377 万円相場平均
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