国内二輪メーカーとしては後発となる1955年に第1号機 YA-1を発売したヤマハ。
1920年代に1200ccエンジン搭載機を発売していたハーレーやインディアンと比べると更に遅れを感じる発進でしたが。 HONDAやSUZUKIが市販自転車に原動機を搭載したモペッドを1号機としたのに対し、YA-1は発売1955年に当時最大の国内レースであった第3回富士登山レースの125cc市販車部門で優勝。 以降2ストロークのロードスポーツとレーサーで攻勢を開始、今日では世界第3位(2022年時点)の販売シェアを誇るまでに成長しているのは周知のとおりです。
以下、いかにして世界屈指の二輪メーカーに台頭してきたのか。第1号機から歴史を刻んできた名機をピックアップし、その買取査定相場と合わせてご紹介していきます。
| モデル | 新車価格 | 買取上限 | |
| 1955年 | YA-1 ヤマハ発動機の第1号機。 1955年7月の第3回富士登山レース125cc市販車部門で優勝。 同年11月の第1回浅間高原 (全日本オートバイ耐久)レースで上位を独占。 123cc 5.7馬力 最高時速80km |
13.8万円 | 190万円 |
| 1956年 | YC-1 YA-1の上位機種。第4回富士登山レースで1~5位に入賞。 174cc 10.3馬力 最高時速110km |
25万円 | 110万円 |
| 1957年 | YD-1 初となる2気筒エンジンで、初のスポーツタイプ。 247cc 14.7馬力 |
18.5万円 | |
| 1957年 | YDレーサー 初のレース専用マシン。 第2回全日本オートバイ耐久(浅間火山レース)ライト級(250cc)で1~3位を独占。 26馬力以上でライバル車より20kgほど軽い100kgと、YAMAHA真骨頂の軽量コンパクトを体現 |
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| 1959年 | YDS-1 レプリカ1号機。YDレーサーからフィードバックを受ける。 246cc 20馬力 |
18.5万円 | |
| 1962年 | YDS-2 レプリカ2号機。ヤマハ初のGPマシンRD48のフィードバック。 246cc 23馬力 |
18.7万円 | 20万円 (不動車) |
| 1962年 | TD-1 YDS-1改造レーサーから進化した、ヤマハ発動機初の市販ロードレーサー。 第1回全日本選手権ロードレース(1962年11月/鈴鹿サーキット)出場マシン。 64年にTD-1A、67年にTD-1C、70年にTD-2、71年にTD-3、73年に水冷化を果たしたTZ250へと進化。 246cc 35馬力 |
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| 1965年 | メイト 初のビジネスバイク。2stの壁で2008年に生産終了 |
5.7万円 | 25万円 |
| 1967年 | R1 初の3500ccロードスポーツ。 38馬力 ゼロヨン13.8秒 最高時速173km。 翌年R2、69年R3、70年RX350、73年RD350、81年RZ350に進化 |
22.8万円 | |
| 1968年 | DT-1 モトクロッサーYX26と並行開発された国産初のトレールモデル。 70年のDT250で大きくオフ車寄り見た目に進化し97年のDT230LANZAまでDTの名を継承。 250cc 19.3馬力 |
19.3万円 | 70万円 |
| 1970年 | DX250 市販レーサーTD-2と多くの共通点を持つ公道モデル。30馬力 |
19.6万円 | 60万円 |
| XS-1 初の4ストローク 4気筒人気と敢えて距離を置いたバーチカルツインで米国市場を睨む。 大排気量の1号機でもあり、70年XS650 → 72年TX750 → 74年TX650 → 74年TX650 → 76年3気筒GX750 → 78年4気筒XS1100へと進化。 650cc 58馬力 |
33.8万円 | 140万円 | |
| 1972年 | TX750 初のナナハン。4ストロークの軽量・コンパクト設計。63馬力 |
38.5万円 | 60万円 |
| 1978年 | XS1100 初の4気筒。 当時の国産最大排気量を意識したためか従来のXSシリーズとは一線を画す重厚なツアラー。 95馬力 |
30万円 | |
| XS650スペシャル 和製アメリカン1号機。 ロードモデルベースのアメリカンとなるスぺシャルシリーズは、XV、ビラーゴ、ドラッグスター、ボルトへと進化していく |
60万円 | ||
| SR400 シンプルBestのシングル400。軽量コンパクトを体現したロードモデル |
31万円 | 120万円 | |
| 1980年 | XJ400 CB750FOURから11年後。4気筒と距離を置いていたYAMAHA初の空冷4発ロードスポーツ。FZそしてXJRへと繋がっていく。41馬力 |
41万円 | 120万円 |
| RZ250 レーサーレプリカブームのキッカケとなったマシン。 46馬力の市販レーサーTZ250を彷彿とさせた35馬力の公道モデル。 |
35.4万円 | 130万円 | |
| 1984年 | FZ400R 全日本選手権TT-F3クラス様のワークスマシンFZR400と同時開発された59馬力レプリカ。FZRへと繋がっていく |
59.8万円 | 40万円 |
| RZV500R WGP500クラスのワークスマシン「YZR500」のレプリカモデルとして、欧州市場で販売されていたRD500LCの日本仕様車。 後にも先にもWGP500フルサイズレプリカはガンマ500との2機のみ |
82.5万円 | 250万円 | |
| 1985年 | FZ750 5バルブエンジン搭載1号機。 FZRそしてYZFへと継承されていくスーパースポーツの源流。77馬力 |
79.8万円 | 70万円 |
| TZR250 RZの後継機。2スト レーサーレプリカ 90年にSP、91年にRとR SP、92年にRS、95年に最終SPRを投入 |
200万円 | 430万円 | |
| 1989年 | FZR750R (OW01) WSBK向けホモロゲーション1号機 77馬力 |
200万円 | 430万円 |
| 1999年 | YZF-R7 (OW02) ワークスマシンの開発コードOWを与えられた公道モデル2号機。 106馬力 |
3.2万US$ | 630万円 |


最大5.6馬力 最高時速80km を発生させる2ストローク 123ccエンジンを搭載したYAMAHA1号機 YA-1。
特筆すべきはレースでの戦績。登場1955年に当時最大の国内レースであった第3回富士登山レースの125cc市販車部門で優勝。
各メーカーの1号機と言えば、市販自転車に原動機を付けたモペッドが大勢を占めており、メジャーなレースを制した1号機は異例中の異例と言えます。 レーサーと公道モデルの両輪で成長していたメーカーにDUCATIが挙げられますが、レーサーを投入するのは1号機の発売から6年後のことです。
第2号機は翌1956年に発売されたYC-1。
10.3馬力 最高時速110kmとなった174ccエンジンを搭載した上位排気量モデルは第3回富士登山レースで上位を独占します。
3年間で約1.1万台が販売されたヤマハの1号機。いったいどれくらいのプレミアムが付いているのでしょうか?
国内2輪 4メーカーの第1号機としては唯一、業者間オークション(年間に約20万台のバイクが取引される、買取業者最大の転売先にして販売業者最大の仕入れ先)での落札履歴があるYA-1。 直近10年間の落札台数は4台。落札額は2021年に190万円と60万円、2022年に書類を起こせない不動車が13万円、2023年に100万円を記録しています。
踏まえての買取額は、フレームが使えない状態でも10万円弱。実働車であればコンディションに応じて50~200万円弱の査定額が見込まれます。
10万$超えのハーレーやBMWの1号機と比べると若干色褪せて見えますが。年代と販売数を考えれば妥当なプレミアムとも立てられます。
2号機YC-1の買取相場は上限で25万円程度。1号機と2号機の間には大きな価値の差が存在します。


初の2気筒エンジンを搭載したスポーツモデルYD-1。そして、YD-1を26馬力化した初のレース専用機 YDレーサーが1957年に発売されます。 さらに1959年には、YDレーサーからフィードバックを受けた23馬力のYDS-2が発売されます。 ここにYAMAHAレーサーレプリカの源流が誕生したわけです。
1962年には、YAMAHA初のWGP参戦マシン RD48 からフィードバックを受けたYDS-2と、 YDS-1レーサーから進化したヤマハ初の市販ロードレーサー TD-1が発売されます。
更にここで、トップエンドの【ワークスレーサー】とプライベーター向け【市販レーサー】しして公道仕様【ロードスポーツ】の3タイプ展開が完成します。それぞれ以下の様に進化していきます。
【WGPレーサー】
世界最高峰のWGPに初参戦を果たしのは1961年のこと。参戦機は125ccクラスのRA41と250ccクラスの35馬力オーバー RD48。
1963年に250ccのRD56がベルギーGPで初優勝し、64年シーズンで初のメーカータイトルを獲得。
同64年には、2気筒のRA97がマン島TT125ccクラスで初優勝。RA41から数えて4世代目に当たるRA97はヤマハ初の水冷エンジン搭載レーサーです。
65年シーズンは、2戦目から水冷化を果たしたRD56がWGP 2連覇を達成。
66年シーズンは、V4エンジンを搭載したRA31Aが125ccクラスを初制覇。 67年シーズンは、V4となったRD56後継機RD05Aがクラス3回目のメーカータイトル獲得。
68年シーズンを最後にWGPから一時撤退したヤマハ。 しかしサテライトチームが市販レーサーTD-2やTD-3を駆ってレースシーンをに彩りました。
【市販レーサー250cc】
1962年のTD-1を皮切りに、64年TD-1A、70年TD-2、71年TD-3、73年TZ250へと進化していきます。
水冷化を遂げたTZ250はレーサーレプリカブームを創った1980年のRZ250のモチーフでもあります。
【市販レーサー350cc】
1970年のTR-2を皮切りに、71年TR-3、73年の水冷TZ350へと進化。
TR-2は前年発売のR3をベースとした市販レーサーです。
【公道ロードスポーツ125cc】
55年の第1号機YA-1は、57年YA-2、59年YA-3、61年YA-5、64年YA-6へと進化を遂げていきます。
67年にはAS1-D、71年AX125、73年RD125へと進化していきます。
【公道ロードスポーツ250cc】
1957年のYD-1を皮切りに、59年YDS-1、62年YDS-2、64年YDS-3、 67年DS5-E、70年DX250、 73年RD250へと進化していきます。
【公道ロードスポーツ350cc】
1967年の初の350ccマシンR1を皮切りに、68年にR2、69年にR3、70年にRX350、そして73年にはロードスポーツの名称が順次RDに統一されRD350へと進化していきます。
以上に挙げた、57年のYD-1から73年のRDシリーズまでと、付随する市販レーサーの買取相場について。
プレミアムとしては市販レーサーが高いです。タマ数が少ないため中古相場が明確な機種は少ないですが、TD-1C は査定額で100万円を狙える買い取り相場が付いており、TZ250は200万円を狙える相場となっています。


ロードスポーツ一辺倒だったYAMAHAですが、
1965年に初のビジネスバイクとなったメイトを投入します。ライバルは当然58年発売のHONDAスーパーカブC100でしたが、 2ストの壁で2008年に生産終了となります。
1968年には国産オフロードの草分けDT-1を投入。66年にはHONDAがスクランブラーを投入していましたが、 モトクロッサーYX26と並行開発されたことで注目度が高まりました。70年のDT250で大きくオフ車寄り見た目となり、97年のDT230LANZAまでDTの名を継承しました。
1978年には初の和製アメリカンXS650スペシャルを投入。ロードスポーツを中心にアメリカン仕様に仕立てたYAMAHAスペシャルシリーズは、XV → ビラーゴ → VMAX → ドラッグスターそして今日のボルトへと受け継がれています。
同78年にはSR400も登場しています。 高出力・多気筒の流れの中で来たヤマハが流れと逆行したシンプルな車体は当時のスポーツモデルとは趣を異にしていました。


コピー機を作り始めた極東のメーカーから小型量産車に強い日本メーカーに格上げされ、1966年にWGPで5クラス全制覇をしたHONDAによってイメージは飛躍的に向上。 さらに世界初となる量産4気筒の公道モデルCB750FOUR(1969年)の登場は世界を驚かせHONDAを世界ブランドに飛躍させました。
更にKAWASAKIはDOHCの世界最速機Z1を1972年に投入しCB750に続く世界的大ヒット機に。 これを契機に、国内では4気筒熱が高まり、メーカーは世界最大のマーケット北米での大型排気量展開を先鋭化します。
1970年にヤマハは初の4ストロークモデルを販売します。650ccのXS-1です。
それまでの最大排気量は同年のRX350であったことから、初の大排気量でモルでもあります。
4ストロークのXS-1は、同70年に XS650 → 72年TX750(初のナナハン) → 74年TX650 → 76年3気筒GX750(初の3気筒) → 78年XS1100(初の4気筒)へと進化を重ねます。
初の4気筒となったのは、CB750FOURから10年後のXSイレブンなのですが、当時の国産最大排気量を意識したためか、従来のXSシリーズ並びにYAMAHAロードスポーツとは一線を画す重厚なツアラーでした。
市場が待ち望むロードスポーツの直4とは敢えて距離を置いてきたYAMAHAですが、1980年に遂にXJ400を投入します。
免許制度の改正によって庶民のトップエンドが実質的に400ccとなっていた時代、79年のZ400FX投入で沸き起こった400cc直4ブーム は流石に無視できなかったということでしょうか。
このXJ400の後継機で水冷化を果たした83年のXJ400Zが翌1984年に登場する初の4スト レーサーレプリカのベース機となるのです。
ヤマハ4st創世記の機種で買取相場が高いのは、XS1100とXJ400です。
70~80年代初期の直4で先行したHONDAでは750FOURの他にCB400FOUR、CBX400Fが400cc最大のプレミアム機に。Z1以降空冷4初で名機をラインアップし続けたKawasakiはZ1からの 丸Z、 Z1-Rからの角Zにズラ~とプレミアム機を擁しています。
上記機種群と比較すると、敢えて距離を置いたことが仇となり、この空冷直4ジャンルでのプレミアム機は手薄となっています。しかし第1号機以来の2スト ロードスポーツで流れをYAMAHAに戻す機種が登場します。


空冷4気筒で存在感を示せなかったヤマハですが、1980年に流れを一変させる機種RZ250を販売します。
1959年から2スト レーサーレプリカを投入し続けてきたYAMAHAですが、投入させた時期が味方しました。
1980年に誕生した鈴鹿4耐です。81年までは市販ロードレーサも参戦できたことら、RZ250のモチーフとなった市販レーサーTZ250が80年と81年シーズンを連覇します。
250ccが400ccに勝つ姿と、参戦要件の緩かったレギュレーションが受けて鈴鹿4耐は大いに盛り上がります。
そのレプリカ的モデルとしてRZ250は400ccキラーの異名と共に大ヒット。世の中のブームは直4からレプリカへとシフトし始めるのです。
1983年にはレーサーレプリカという言葉を生んだRG250Γの登場でレーサーレプリカブームは一気に加速します。
長年培ってきた得意領域とあってYAAMAHAは後継機TZR250を1985年に投入。 1986年のNSR250Rと3つ巴で2スト レーサーレプリカブームを過熱させていきます。
買取相場ですが、
90年TZR250 SP、 91年にTZR250 RとTZR250R SP、 92年にTZR250 RS、 95年に最終TZR250 SPRと投入していくTZR250シリーズの中で、最も高く売れるのは、仕様が煮詰められ500台限定のTZR250R SPで、 コンディションによっては250万円の査定額が狙えます。
ガンマ最終のVJ23A型よりも高く最終 NSR250R SPの300万円に迫る相場です。
1984年には、後にも先にもRG500Γと2台だけとなるWGP500のフルサイズレプリカ RZV500Rが発売されており、こちらもその稀少性から250万円に迫る査定額が狙える相場となっています。


ヤマハが発売した唯一の空冷直列4気筒マシン XJ400は1983年に水冷化されXJ400Zとなります。 これが水冷4ストレプリカの原型となります。
上述の鈴鹿4耐の盛り上がりも影響して 1984年、全日本ロードレース選手権にTT-F3クラスが組み込まれることに。 このTT-F3専用のワークスマシンFZR400(84年シーズンのチャンピオン機)のベースエンジンとなったのがXJ400であり、レーサーFZR400と同時開発されたレプリカ機が1984年に発売された FZ400Rです。そのためFZ400RはXJ400の後継機ともいえます。
FZ400はFZR400に進化を果たし4ストローク レプリカFZRシリーズを形成していきます。
TT-F3の終了した1989年頃からレーサーレプリカブームに陰りがみられるようになります。
代わりに隆盛を魅せるのが、1988年に初開催されることとなった世界最高峰の市販車レースWSBKです。それまでのTTF1よりもレギュレーションが厳格であった事から、 レーサーに仕立てる公道モデルではなく、レースで戦うためのホモロゲーションが投入されるようになります。


YAMAHAがWSBK向けに発売した1989年のホモロゲーション1号機が1,000台限定のFZR750R (OW01)。
ベースは1987~88年に鈴鹿8耐レースを2年連続で制したワークスマシンYZF750ですが。 公道モデルとしてのルーツは1985年の元祖5バルブ機FZ750に行き当たります。
ライバルはWSBK初開催から3シーズン連覇を果たした VFR750R/RC30や、90~91年シーズンを制した 851SP。
当時のワークスマシンを彷彿とさせるハイスペックの限定機とあって、FZR750R はヤマハ全機種で2番目に高くれるマシンとなっています。
ワークスマシンに与えられる開発コードOWを付与された公道モデルは、OW01の他にOW02を与えられた1999年の YZF-R7 (OW02)があります。
OW01の後継機は93年のYZF750SP(YZF1号機)ですが、更にその後継機となるOW-02は本気度が違っていました。
トップエンドレーサーYZR500のフィードバックを受けたハイスペック仕様かつ海外限定500台の希少性から、2024年現在600万円オーバーの買取査定額が狙えるヤマハNo1プレミアム機となっています。

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