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全日本ロードレース選手権の歴史|世界屈指のローカル戦|優勝バイクの変遷と買取相場

全日本ロードレース選手権の歴史 歴代マシンクロスオーバー

ロードレース世界選手権(WGP/現MotoGP)が純粋なレーシングマシンによる「プロトタイプの頂上決戦」であるのに対し、日本の国内選手権「全日本ロードレース選手権(MFJ)」は、世界にも類を見ない特異な役割を担ってきた。

最大の特徴は、圧倒的な技術力で世界を席巻する国内4大メーカー(ホンダ、ヤマハ、スズキ、カワサキ)が、メーカーのプライドをかけて直接激突する「世界で最も過酷なローカルレース(極限の代理戦争)」であった点だ。WGPを一時撤退したメーカーが国内レース育成へ向けた莫大なエネルギーは、やがて空前のバイクブームを巻き起こし、日本二輪史に深く刻まれる熱戦へと繋がっていった。

本記事では、1962年の第1回全日本選手権の幕開けから、市販レーサーの台頭、80年代のレーサーレプリカブーム、そして現代のJSB1000に至るまでを解説。全日本が世界トップライダーを輩出する「登竜門」としての役割を担いながら、日本メーカーの驚異的なメカニズムがいかに国内レースで磨かれ、市販車へとフィードバックされていったのか。この選手権が果たしてきた役割の変遷と、その熱狂の軌跡を紐解いていく。尚 最下段では覇権を競ったマシンやレプリカ機の買取査定相場についても合わせて紹介している。

全日本ロードレース選手権とは?:国内最高峰のシリーズ戦

全国の国際サーキットを転戦する「日本一決定戦」

全日本ロードレース選手権は、一般財団法人日本モーターサイクルスポーツ協会(MFJ)が統括する、日本国内における二輪モータースポーツの最高峰シリーズである。
鈴鹿サーキット、モビリティリゾートもてぎ、スポーツランドSUGO、オートポリスなど、日本全国を代表する国際レーシングコースを転戦し、年間の獲得ポイントによって各クラスのチャンピオンを決定する。
かつては完全な専用設計であるプロトタイプマシン(GP500やGP250等)と市販車改造クラスが混在していたが、現在は「JSB1000」を頂点とし、ST1000、ST600、J-GP3といった、排気量やエンジンの特性に応じたクラス編成で白熱したバトルが繰り広げられている。

時代を映すレギュレーション:国際規格との連動と「プロトと市販」の交錯

TT-F1/F3の誕生と鈴鹿4耐が熱狂させたレプリカブーム

全日本ロードレース選手権(MFJ)のレギュレーションは、基本的にはFIM(国際モーターサイクリズム連盟)の国際規格に準拠しつつも、国内固有のクラスやレギュレーションも存在し、「専用プロトタイプ」と「市販車(ホモロゲーション)」のクラス編成を柔軟に変遷させてきた歴史がある。

1980年代初頭までは、WGPと直結する2ストロークの「500ccクラス(プロトタイプ)」が最高クラスであった。しかし、1977年にFIMが世界耐久選手権やTT-F1規定を新設した流れを受け、国内でも「TT-F1(4スト750cc等)」や、TT-F3(4スト400cc/2スト250cc)といった市販車ベースのクラスが新設される。
特にTT-F3クラスのマシン開発競争は、ノービスライダーの登竜門である「鈴鹿4時間耐久ロードレース(鈴鹿4耐)」の熱狂とも相まってかつてない盛り上がりを見せた。TT-F3は市販車ベースとして始まったものの、実際にはメーカーが莫大な予算をつぎ込んで専用のワークスマシン(プロトタイプ)を投入して勝利を重ねた。過激なアルミツインスパーフレームや、カムギアトレーンを採用した超高回転型V型エンジンなど、採算度外視の技術が公道モデル(NSR250RやVFR400R等)へと還元され、空前の「レーサーレプリカブーム」を爆発させたのである。しかし、過熱しすぎた開発競争によるコスト高騰と人気低迷により、TT-F3クラスはやがて消滅への道を辿ることとなる。

環境規制による転換期と「JSB1000」への統一

その後1990年代に入ると、レギュレーションは大きな転換点を迎える。1994年から、長らく国内独自に発展し大人気を博していたTT-F1に代わって、WSBK規格(1988年開始)に完全に準拠した「スーパーバイク(750cc)」クラスが新設され、より厳密に市販車に近い状態でのレースへと移行する。
そして2000年代、厳格な排ガス規制によって250ccや500ccといった「2ストロークプロトタイプクラス」が終わりを迎える一方、4ストローク市販車ベースの最高峰であるスーパーバイククラスも、WSBKのレギュレーション変更(1000cc化)に歩調を合わせる。
こうして2003年からは、市販の1000ccスーパースポーツをベースとする「JSB1000(Japan Superbike)」が国内最高峰クラスとして完全に統一された。現在に至るまで、このJSB1000が最高峰として君臨し、夏の祭典「鈴鹿8時間耐久ロードレース」のレギュレーションとも完全にリンクしながら、200馬力超のモンスターマシンを高度な電子制御(IMU)で手懐ける現代の技術競争へと繋がっている。世界選手権の厳しい制約(共通ECUや性能調整)とは異なる、「日本独自の自由なECU開発」が許されたこのクラスは、現在もメーカーの威信をかけた激戦区となっているのである。

全日本ロードレース選手権:年代別サマリー表

時代 主要クラス / レギュレーション 主な舞台 主要メーカー テーマ・技術進化のハイライト
第1期
(1960年代)
50-350cc
(プロトタイプ主体)
鈴鹿サーキット完成
全日本シリーズ開幕
ホンダ、ヤマハ
スズキ
「全日本の幕開けと世界制覇」
ダートからの脱却と本格的サーキットへの移行。第1回全日本選手権開催とWGPでの大躍進。
第2期
(1970年代)
ノービス・ジュニア等階級制
+市販レーサー(TZ/TR)
MFJシリーズ本格化 ヤマハ、スズキ
カワサキ
「ワークス一時撤退と市販レーサーの台頭」
ヤマハTD/TR系(空冷2スト並列2気筒)によるプライベーターの躍進とチャンバー技術の進化。
第3期
(1980年代)
500cc(プロト)
TT-F1 / TT-F3(市販ベース)
空前のバイクブーム
鈴鹿4耐・HY戦争
ホンダ、ヤマハ
スズキ、カワサキ
「HY戦争とホモロゲーション狂騒曲」
平忠彦の500cc三連覇。RC30やNSR250Rなど超高性能市販車へのダイレクトな技術還元。
第4期
(1990年代〜2000年代)
スーパーバイク(750cc)
250cc(プロト主体)
WGPへの登竜門
JSB1000黎明期
ホンダ、ヤマハ
スズキ、カワサキ
「世界王者の輩出と4ストへの転換」
加藤大治郎らWGP王者の輩出。環境対応による2スト終焉と、現在の最高峰「JSB1000」の完全統一。
第5期
(2010年代〜現代)
JSB1000
(1000cc 4ストローク)
国内最高峰の完全統一化 ヤマハ、ホンダ等 「絶対覇権と電子制御デバイスの進化」
中須賀克行(YZF-R1)の絶対的支配。200馬力を制御するIMUベースのECUと空力ウィングレットの標準化。

【第1期】MFJ設立と「全日本選手権」の幕開け(1960年代)

全日本ロードレース選手権 第1期 ホンダRC ヤマハRD スズキRM
時代 第1期(1960年代)
主要クラス / 規格 50cc / 125cc / 250cc / 350cc(WGP規格に準じたプロトタイプ主体)
主な舞台 鈴鹿サーキット(本格的舗装路の誕生)
代表的なマシン ホンダ RC/CR系、ヤマハ RD48、スズキ RM62
歴史的意義 ダートからの脱却、全日本選手権の誕生と「4ストvs2スト」の勃発

全日本前夜:ダートからの脱却と鈴鹿の完成

この第1期は、WGPのレギュレーションに準ずる形で「50cc、125cc、250cc、350cc」のクラスが設定され、各メーカーが最先端の「専用プロトタイプマシン」を持ち込んで戦った純粋なワークス対決の時代である。
「全日本ロードレース選手権」が誕生する以前、1950年代の日本のレースは過酷な未舗装路(ダート)で行われていた。例えば富士登山レース浅間高原レース(浅間火山レース)である。しかし、「未舗装路を走っているだけでは、WGPで勝てるマシンは永遠に作れない」という強烈な危機感から、本田宗一郎の号令によって1962年に日本初の本格的な舗装レーシングコース「鈴鹿サーキット」が建設される。
これを機に、前年に設立されたばかりのMFJ(日本モーターサイクルスポーツ協会)の主催により「第1回全日本選手権ロードレース(第1回日本GP)」が初開催され、日本のモータースポーツはついに本格的な舗装路での「全日本」という歴史の幕を開けたのである。

4ストローク vs 2ストローク:エンジン技術の真っ向勝負

第1回全日本の鈴鹿では、各クラスでメーカーの技術的威信をかけた激突が早くも繰り広げられた。ホンダは精密なDOHC多気筒エンジン(50ccのCR110、250ccのCR72)という「4ストロークの超高回転化」で勝負を挑み、対するヤマハ(250ccのRD48)やスズキ(50ccのRM62)はロータリーバルブを採用した「2ストロークの爆発的な加速力」で対抗。ここに、日本国内における「4ストvs2スト」の技術的な覇権争いの火蓋が切って落とされた。
ホンダはその後、1966年にWGPで全5クラス完全制覇という金字塔を打ち立てるが、1967年末からはWGPおよび国内ワークス活動からの一時撤退を発表。プロトタイプマシンによる第1期のワークス直接対決は、ここで一旦の休止符を打つこととなる。

第1期 覇権を競った代表的マシンのメカニズムとスペック

マシン
(年式~)
排気量
タイプ
メカニズム スペック
ホンダ RC/CR系
(1961年~等)
50〜350cc等
プロトタイプ/市販レーサー
超高回転型4ストローク多気筒DOHCエンジン、ギヤ駆動カム等(RC162等) 45PS以上 / 14,000rpm
(※RC162/250cc比)
ヤマハ RD48
(1961年~)
250cc
プロトタイプ
空冷2ストローク並列2気筒、ロータリーディスクバルブ 35PS以上 / 9,500rpm
スズキ RM62
(1962年~)
50cc
プロトタイプ
空冷2ストローク単気筒、ロータリーディスクバルブ、8段ミッション搭載 8PS以上 / 10,500rpm

【第2期】ワークス一時撤退と市販レーサーの台頭(1970年代)

全日本ロードレース選手権 第2期 カワサキH2R ヤマハTZ スズキTR500
時代 第2期(1970年代)
主要クラス / 規格 ノービス・ジュニア等の階級制 + 市販レーサー(TZ/TR等)
主な舞台 全日本ロードレース選手権(MFJポイントシリーズ)
代表的なマシン ヤマハ TD/TR/TZ系、カワサキ H1R/H2R、スズキ TR500
歴史的意義 市販レーサーの台頭と「ピーキーな2スト」に抗うフレーム技術の黎明

「市販レーサー」が支えた熱狂のグリッド

第2期は、大メーカーのワークス活動が一時撤退したことにより、メーカーから市販される「市販レーサー」を購入した無数の「プライベーター」たちが主役となった時代である。ライダーの技量を示す「ノービス・ジュニア・エキスパート(セニア)」という階級と、排気量(250cc等)を掛け合わせたクラス編成でレースが行われていた。
1967年末のワークス一時撤退以降、日本のレース界の基盤を支えたのはヤマハが供給した空冷2ストローク並列2気筒の「TD-1 / TD-2(250cc)」「TR-2(350cc)」、そして後に水冷化された「TZシリーズ」であった。これらは市販レーサーでありながら驚異的な戦闘力を誇り、全日本のグリッドを埋め尽くした。

カワサキ・マッハの咆哮とフレーム技術の黎明

中排気量クラスをヤマハのTZ勢が席巻する中、大排気量の500cc/750ccクラスで真っ向から牙を剥いたのが、カワサキが放った2ストローク空冷3気筒のモンスターマシン「H1R(500cc) / H2R(750cc)」である。強烈なピーキーさと圧倒的なトップエンドのパワーを持つカワサキのエンジンは、「フレームがエンジンに負けている(真っ直ぐ走らない)」と言わしめるほどのじゃじゃ馬であった。尚モンスタートリプルのベース機は1969年の500SS(マッハH1)、71年の750SS(マッハH2)の公道モデルであり、2015年にはラムエア加圧で326馬力を発生するレーサーNinja H2Rが同名を襲名したオマージュ機として発売されている。
この時代は、スズキのTR500も含め、未成熟な鋼管フレームと暴力的な2ストロークエンジンとの戦いの歴史でもあり、エクスパンション・チャンバー(排気管)のミリ単位の形状変更が最高速を左右するという、草の根の「メカニズムチューニング」が全日本を通じて急速に発展した時期でもあった。

第2期 覇権を競った代表的マシンのメカニズムとスペック

マシン
(年式~)
排気量
タイプ
メカニズム スペック
ヤマハ TD/TR/TZ系
(1969年~等)
250/350cc等
市販レーサー
空冷(後水冷)2ストローク並列2気筒、ピストンバルブからリードバルブへ進化 44PS以上 / 10,000rpm
(※TD-2/250cc比)
カワサキ H1R/H2R
(1970年~等)
500/750cc
市販レーサー
空冷2ストローク並列3気筒、ピストンバルブ、徹底したチャンバーチューニング 75PS以上 / 9,000rpm
(※H1R/500cc比)
スズキ TR500
(1968年~)
500cc
市販レーサー
空冷(後水冷)2ストローク並列2気筒、市販T500ベースのシリンダー 65PS以上 / 8,000rpm

【第3期】「HY戦争」とホモロゲーション狂騒曲(1980年代)

全日本ロードレース選手権 第3期 ホンダRVF400 NSR250R
時代 第3期(1980年代)
主要クラス / 規格 500cc(プロト) / TT-F1(750cc) / TT-F3(400cc・市販車ベース)
主な舞台 空前のバイクブームと鈴鹿4耐の熱狂
代表的なマシン ホンダ RVF400、NSR250R
歴史的意義 アルミツインスパーフレームへの進化と、レーサーレプリカへの直結

500ccクラスのプロトタイプ直接対決と「HY戦争」

第3期は、WGP直系のプロトタイプマシンで争われる「500ccクラス」と、公道モデルをベースにした「TT-F1/TT-F3クラス」の両方で、メーカーの「フルワークス体制」が真っ向から激突した狂熱の時代である。
1980年代、日本の空前のバイクブームを背景に、ホンダとヤマハによる激烈なシェア争い(HY戦争)がサーキットに直結する。全日本500ccクラスには、ヤマハがV型4気筒の「YZR500」を、ホンダがV型3気筒のNS500から最強のV型4気筒「NSR500」へと進化させた正真正銘のワークスマシンを惜しげもなく投入した。
ヤマハのエース・平忠彦(YZR500)が1983年から1985年にかけて前人未到の3連覇を達成すれば、ホンダは木下恵司や八代俊二らを刺客として送り込み、コンマ1秒を争う極限のファクトリー対決が毎戦繰り広げられた。

日本が最も熱狂した「TT-F3(1984年〜1991年)」

この時代、日本国内のファンが最も熱狂したのが、市販車ベースの「TT-F3(4スト400cc/2スト250cc)」クラスである。ここで勝利することがそのまま月曜日の販売台数に直結したため、メーカーは市販車ベースという建前を無視して、採算度外視の専用ワークスマシン(ホンダRVF400やヤマハYZF400等)を投入した。
重い鉄フレームから軽量高剛性な「アルミ・ツインスパーフレーム」への歴史的転換が起こり、カムギアトレーンを採用した超高回転型V4エンジンなど、最先端技術が市販の「レーサーレプリカ(NSR250RやVFR400R等)」へとダイレクトに還元されていった。しかし、過熱しすぎた開発競争によるコスト高騰により、TT-F3クラスは1991年(特別枠)をもってその役目を終えることとなる。

最高峰「TT-F1(1984年〜1993年)」の激闘

一方、大排気量クラスでは「TT-F1(4スト750cc/2スト500ccベース)」が開催されていた。鈴鹿8時間耐久ロードレースのレギュレーションと連動したこのクラスには、ホンダのRVF750(V4エンジン+片持ちプロアーム)や、ヤマハのYZF750(ジェネシス5バルブエンジン)、スズキのGSX-R750(油冷エンジン)といった名機が激突。
これらの最先端技術は、後のVFR750R(RC30)やOW01(FZR750R)といった超高性能な「ホモロゲーションモデル(レース参戦用市販車)」を生み出す原動力となった。

第3期 覇権を競った代表的マシンのメカニズムとスペック

マシン
(年式~)
排気量
タイプ
メカニズム スペック
ホンダ RVF400
(1984年~)
400cc
プロトタイプ(TT-F3)
水冷4ストロークV型4気筒、カムギアトレーン、アルミツインスパーフレーム 75PS以上 / 13,000rpm
ホンダ NSR250R
(1986年~)
250cc
公道モデルベース
水冷2ストロークV型2気筒、クランクケースリードバルブ、PGM等高度な電子制御 45PS / 9,500rpm
(※市販時・自主規制値)

【第4期】世界王者の輩出と4ストへの転換(1990年代〜2000年代)

全日本ロードレース選手権 第4期 ホンダRC45 ヤマハYZF-R7 カワサキZX-7RR
時代 第4期(1990年代〜2000年代)
主要クラス / 規格 スーパーバイク(750cc・市販車ベース) / 250ccクラス(プロト主体)
主な舞台 WGPへの登竜門と、国内4メーカーの肉弾戦
代表的なマシン ホンダ RC45、ヤマハ YZF-R7、カワサキ ZX-7RR
歴史的意義 スーパーバイク黄金期の4大メーカー肉弾戦と、2ストロークの終焉

プロトタイプ「250cc」の極限と世界王者の輩出

第4期は、WGPへの強烈な「登竜門」として機能したプロトタイプの「250ccクラス」と、市販車ベースの最高峰となった「スーパーバイク(750cc)クラス」に人気が二分された時代である。
1990年代の全日本250ccクラスは、間違いなく「世界一レベルの高いローカルレース」であった。ホンダのNSR250(ワークス版)とヤマハのTZ250/YZR250が技術の粋を集め、電子制御キャブレターやクランクケースリードバルブの極限のセッティングを競い合った。
この激戦区で、ホンダの宇川徹や加藤大治郎、ヤマハの原田哲也といった天才ライダーたちが鎬を削り、彼らは全日本でタイトルを争った直後、WGPの舞台でもそのまま世界王者へと駆け上がっていったのである。

スーパーバイク(750cc)の黄金期とハードウェアの熟成

1994年、TT-F1に代わってWSBK規格に準拠した「スーパーバイク(750cc)」クラスが新設され、黄金期を迎える。ホンダRC45(V4)、ヤマハYZF-R7、カワサキZX-7RR、スズキGSX-R750という国内4メーカーのフラッグシップが完全に激突。
WSBKで世界タイトルを争うマシンと、芳賀紀行(ヤマハ)、梁明(スズキ)、井筒仁康(カワサキ)ら国内トップライダーによる極限の戦いが日本国内で完全再現され、ファンを熱狂させた。
この時代はメカニズムの面でも進化が著しく、高速域でエンジンに空気を押し込む「ラムエアシステム(過給)」の普及や、キャブレターから「フューエルインジェクション(FI)」への移行、倒立フォークやラジアルマウントキャリパーの熟成など、現代のスーパースポーツに繋がるハードウェアの土台が完成した時期でもあった。

第4期 覇権を競った代表的マシンのメカニズムとスペック

マシン
(年式~)
排気量
タイプ
メカニズム スペック
ホンダ RC45
(1994年~)
750cc
公道モデルベース(SBK)
水冷4ストロークV型4気筒DOHC、PGM-FI、プロアーム、ラムエアシステム 150PS以上
(※レース仕様)
ヤマハ YZF-R7
(1999年~)
750cc
公道モデルベース(SBK)
水冷4ストローク直列4気筒DOHC 5バルブ、デルタボックスIIフレーム 160PS以上
(※レースキット装着時)
カワサキ ZX-7RR
(1996年~)
750cc
公道モデルベース(SBK)
水冷4ストローク直列4気筒DOHC 4バルブ、ツインラムエアインテーク 150PS以上
(※レース仕様)

【第5期】絶対覇権と電子制御デバイスの進化(2010年代〜現在)

全日本ロードレース選手権 第5期 ヤマハYZF-R1 ホンダCBR1000RR-R カワサキZX-10RR スズキGSX-R1000R
時代 第5期(2010年代〜現代)
主要クラス / 規格 JSB1000(1000cc 4ストローク市販車ベース)
主な舞台 国内最高峰の完全統一化(鈴鹿8耐レギュレーションと直結)
代表的なマシン ヤマハ YZF-R1、ホンダ CBR1000RR-R、カワサキ ZX-10R/RR、スズキ GSX-R1000R
歴史的意義 200馬力を御する電子制御(IMU)の進化と空力ウィングレットの標準化

第4期のハードウェア熟成から「電子制御(IMU)」の時代へ

第5期は、プロトタイプクラスが完全に消滅し、市販の1000ccスーパースポーツをベースとする「JSB1000」が国内最高峰クラスとして統一された時代である。
現代のJSB1000マシンは、エンジン単体で200馬力(220PS以上)を遥かに超える凄まじいパワーを叩き出す。第4期までに足回りやFIといった「ハードウェア」の熟成が進み切った結果、勝敗を分ける最大の激戦区は「電子制御(ECU)のソフトウェアアルゴリズム」へと移行した。
世界のレースに目を向けると、現在のMotoGPでは開発費高騰を防ぐため「全車共通(ワンメイク)のECUハードウェア・ソフトウェア」が強制されている。また、市販車ベースの世界最高峰であるWSBKでも、メーカー間の性能を均等化(BoP)するために「厳格なレブリミット(回転数制限)」「燃料流量制限」「公認キットパーツ以外の使用禁止」など、電子制御とエンジン性能に非常に厳しい制限(コストキャップ)が敷かれている。
対してJSB1000は、それらの厳しい制約から外れ、各メーカー独自のキットECU等を用いた極めて自由度の高い開発が許された世界でも稀有な「走る実験室」である。6軸IMU(慣性計測装置)による緻密なトラクションコントロール、アンチウィリー、エンジンブレーキ制御など、この選手権でテストされた膨大なデータが、翌年の市販フラッグシップモデルへとダイレクトにフィードバックされ続けている。

MotoGP譲りの「空力デバイス(ウィングレット)」の標準化

電子制御の進化に続き、近年のJSB1000で最大のトレンドとなっているのが「エアロダイナミクス(空力)」である。
200馬力超のパワーによるフロントの浮き上がりをメカニカルに抑え込むため、MotoGP譲りの強烈なダウンフォースを生む「ウィングレット(空力デバイス)」の装着が標準化。ホンダのCBR1000RR-RやカワサキのZX-10RRなど、市販状態から巨大なウィングを備えたマシンが激突し、かつての「ライダーの操作技術」から「電子制御と空力でパワーを手懐ける」という全く新しいフェーズでの技術競争が現在も繰り広げられている。

「JSB1000」中須賀克行の絶対覇権

この電子制御と空力の最先端を走る現代のJSB1000において、最大のハイライトはYAMAHA FACTORY RACING TEAMの中須賀克行による「絶対的支配」である。
ヤマハはMotoGP直系の「クロスプレーン・クランクシャフト」を採用したYZF-R1を武器に、独特のトラクション性能を活かしてライバルを圧倒。中須賀はJSB1000で通算13回ものチャンピオンに輝き、2021年・2022年には2年連続全戦全勝という常軌を逸した金字塔を打ち立てた。これに対しカワサキはWSBKを席巻したZX-10R/RRで応戦し、ホンダもHRCのワークス体制を復活させて直列4気筒のCBR1000RR-R(チタンコンロッド採用)を投入するなど、打倒・中須賀を掲げた熾烈なメカニズム競争が現在も続いている。

第5期 覇権を競った代表的マシンのメカニズムとスペック

マシン
(年式~)
排気量
タイプ
メカニズム スペック
ヤマハ YZF-R1
(2015年~等)
1000cc
公道モデルベース(JSB)
水冷4ストローク直列4気筒、クロスプレーンクランク、6軸IMU電子制御 220PS以上
(※JSBレース仕様)
ホンダ CBR1000RR-R
(2020年~)
1000cc
公道モデルベース(JSB)
水冷4ストローク直列4気筒、チタンコンロッド、MotoGP譲りのウィングレット 220PS以上
(※JSBレース仕様)
カワサキ ZX-10R/RR
(2016年~等)
1000cc
公道モデルベース(JSB)
水冷4ストローク直列4気筒、フィンガーフォロワーロッカーアーム採用 220PS以上
(※JSBレース仕様)
スズキ GSX-R1000R
(2017年~)
1000cc
公道モデルベース(JSB)
水冷4ストローク直列4気筒、可変バルブタイミング機構(SR-VVT) 210PS以上
(※JSBレース仕様)

全日本を彩った歴代名機・レーサーレプリカの買取査定相場

全日本ロードレース選手権の歴史は、日本の市販スポーツバイクの進化そのものである。1980年代の空前のレプリカブームを牽引したホンダ「NSR250R」やヤマハ「TZR250」、ホモロゲーションモデルの先駆者である「RC30」、そして現在のJSB1000クラスで猛威を振るう「YZF-R1」や「CBR1000RR-R」など、サーキットのDNAを受け継いだマシンたちは、中古市場においても常に絶大な人気と高い資産価値を誇っている。

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